日台の国際共同制作舞台「誠實浴池(The Beautiful of Honest Desires)」が台北で幕を開ける

Photo courtesy of 國家戯劇院

タニノクロウ

劇作家・演出家で庭劇団ペニノ主宰のタニノクロウ。毎年のように行っている海外公演(近年は2007年に下北沢の小劇場で世界初演された「笑顔の砦」がヨーロッパ各地、香港などで上演されている)の他に、神奈川芸術劇場(KAAT)での職業俳優ではない多国籍の神奈川県民が出演するプロジェクト、タニノの出身地富山県での市民参加の演劇プロジェクト、コロナ禍で発展させたVR演劇(観客がVRゴーグルを着用してVRの映像を見ながら体験する演劇)など、通例の演劇の枠を超えた彼のユニークな演劇創作は毎回驚きとともにエキサイティングな観劇体験を提供してくれている。

今回、そんなタニノが挑むのが國家戯劇院(台湾台北国立劇場)との国際共同制作プロジェクトだ。

一年ほど前、台湾の國家戯劇院からの呼びかけで始動したこのプロジェクト。タニノ同様に実験的な作風で知られ、世界を股にかけ躍進する劇団Shakespeare’s Wild Sisters Group主宰で演出家、劇作家の王嘉明(WANG Chia-ming)が数年前に来日した際、京都でタニノの舞台を観劇し「機会があれば(彼と)コラボレーションしてみたい」と希望したことに端を発し、この度実現したのが今回の新作舞台「誠實浴池(The Beautiful of Honest Desires)」だ。

日本と台湾の共同制作ということで台本執筆、演出をタニノと王が共同で担当、俳優は日本から片桐はいり、金子清文、藤丸千の三人が、台湾から気鋭の俳優五人が参加するというまさに両国が混ざり合った現場となっている。

Photo courtesy of 國家戯劇院

王嘉明(WANG Chia-ming)

あらすじ:元々は大衆浴場だった場所が舞台。しかし、廃業して随分と時間が経って、随分とひび割れていたり、水草が生えたりしている奇妙な空間。そこでは女たちが働いている。あたりが暗くなってくると、やがて、男が女たちのもとを訪れる…。どこまでが本当で、どこからが嘘なのかわからない幻想的な会話が続く…。川端康成の「眠れる美女」をモチーフに、幻想的に、儚く、不思議な物語が立ち上がる。

台北国立劇場での初日を控え劇場入りし、最後の確認作業に余念がないタニノクロウにZOOMを繋ぎ、未だ中身が見えてこない新作について、そして今回の国際共同制作で苦労した点などについて聞いてみた。

「お声がけいただいた後、王さんの作品をビデオで観て僕も彼と何か出来たらいいなと思いました。そもそも台湾は庭劇団ペニノが初めての海外公演をやった国で(2004年に台湾牯嶺街小劇場で「Mrs.P.P.Overeem」という安藤玉恵の一人芝居を上演)思い出深い場所なので、そこでなにかをやりたいという気持ちがありました。

「台湾牯嶺街小劇場は50〜70席ぐらいの小さな劇場だったのですが、たくさんのお客さんに観ていただけて反応もとても良かったです。無言劇なのでいろいろなことを感じてもらいやすかったというのがあったかもしれませんが、台北ではお客さんたちのエネルギーをすごく感じたのを覚えています。」

今回は普通の海外公演とは違い、二人の国籍の異なる演劇人による共同執筆・演出という特殊な方法でのコラボレーション。創作は台湾と東京をネットで繋ぎ、お互いの好きな作品を話しあいながら、毎回手探り状態で一歩一歩進んでいったと言う。

「そのうちに王さんの方から“おとぎ話”みたいな作品をやってみたいという提案があり、川端康成の「眠れる美女」*がおとぎ話的でもあり、ミステリアスな雰囲気があるよねとなったんです。実は「眠れる美女」は僕がとても好きな作品で、常々いつか舞台でやってみたいと思っていた小説だったのでその提案にまず驚きました。その後はこれだという確信を持って進んでいきました。」

スタートは切ったものの2ヶ国語での共同(脚本)執筆にはこれまで経験したことのない難しさが山積していたと振り返るタニノ。

「王さんと作品を作るにあたり、プロデューサーを含めた話し合いで、いろいろある国際共同制作の中で簡単な方法をとるのは避けようということで一致したんですよ。一番複雑でやっかいな一番めんどうなやり方でやってみよう、と。それが共同執筆で共同演出だったわけです。

創作過程でのいろいろな勘違いや思い違い、解釈の違い、また翻訳の違いとかがありながらも、その結果として、これまで見たことのないようなへんてこな作品が出来たら面白いという期待もあって、難しい道を選んでみたいと僕は思ったんです。」

そんな果敢な挑戦を決めたタニノと王を待ち受けていたのは通常の創作にはない、二言語を使い二人で作る、国際共同創作の壁だった。

「二人の間で合意を作るというのがすごく難しくかったですね。例えば、台本のト書ひとつにしても、なぜこれを書いたのかということを常に相手に説明できるように書かなくてはならないわけですが、それを通訳を介してやると全てが過剰に重要なものとして伝わってしまうんです。基本的に、僕の台本の全てのセリフやト書は理由があって書かれているのですが、それが通訳を介して王さんに届く段になると、完全に埋められたピースのように、要するに全部が重要なものとしてとらえられてしまうんです。でも、僕としては別にそんなつもりはなくて、ただ台本を書く作法としてそうしているだけなので、どのセリフを切ったり貼ったりしてもらってもぜんぜん構わないのですが。

「どうしてこの台本を書いたのかというのをお互いに探りながら、相手はなんでこれを書いたのだろう、と想像しながら書いていくという作業でした。それが楽しかった一方で、ものすごく難しかった。もちろん日本語と中国語の違いから言語そのものを変換する時の難しさというものもすごくありました。

それも含め、今思うと、シンプルな構造のおとぎ話に決めたのは良かったと思っています。すごくシンプルなことなので、どうしてこういうことを書いたのかというのを説明しやすいからです。

「僕は耳で感じる方で、たとえば鳥の鳴き声とか波の音の変化だけでいろいろな映像が思い浮かび、いろいろな言葉が浮かんできたりするタイプなので、 “こんなの説明つかないよ”ということばかりでした。もちろんそういったところは演出的なところではあるわけなのですが。なので、お互いにまだまだ全てが合致して出来上がっているわけではありません。それでも、この創作がなによりいいなと思っているところはお互いその勘違いを楽しんでいて、ストレスを感じるとかがないということです。勘違いをむしろ増長させたり、変なことを言ってみたりしながら、それを面白がりながら作ったという感じです。半分ジョークで言った一言が通訳を通してすごく重要なことのように相手に届いてしまうことってありますよね。そんなことも、面白がれるのがよかったです。

「共同脚本を創る上で発生するさまざまなこと、もうこの先体験することはないだろうということを体験させてもらいました。もちろんAIの力を借りながらやっていますが、それでも届かないものは山ほどあります。結果的にどちらが何パーセント執筆したかはわからなくなってしまいました。でも執筆にしても演出にしてもバランス良く分担したような気がします。バランス良くお互いの思いが投入されていると思います。」

このような苦労をしながらも、常に新しい人たちと新しい方法での演劇づくりにチャレンジしていく、その原動力はどこにあるのだろうか。

「そうですね、そう言った意味では、僕が自分本位で演劇に関わっているからだと思います。自分の体験として重要かどうかということでそのプロジェクトをやるかどうかを決めているところがあるので。出来たものがどういうもので、それに対してどういう反応があるかということよりも、自分がどうゆう体験をするか、このプロジェクトに関わった人たちがどうゆう体験をするか、ということの方に興味があったり重要だったりするのだと思います。」

今回の新作「誠實浴池(The Beautiful of Honest Desires)」は銭湯で働く女たちのもとへ兵士たちが通い女たち主導のサービスを受けるという内容になっているが、このような発想はどこから来たものなのだろうか。

「このタイミングで台湾と日本の劇作家・演出家が一緒に作品を創る、そして俳優たちも一緒になって作るとなった時に、やっぱり戦争をモチーフに、戦争をテーマにすることは避けられないだろうということはお互いに強くありました。戦争に対する自分達劇作家としてのリアクションみたいなもの、は必ずこの中に入れるべきだろうと。同時に川端康成の作品の構造みたいなもの、その中に何が書かれているのかみたいなこともこの中にどう組み合わせていくのかという方向性も存在しましたね。」

日本での上演予定は現在未定だが、ある意味とても挑発的な作品でもあるので、いつか日本で上演してみたいという気持ちは大いにあると語るタニノ。

「この作品がどのように受け取られるかというのは本当に全く未知数です。これまで24年間芝居を作ってきて、全く初めてぐらいに想像がつかない作品ではあるので、今後の展開は全くわかりません。もちろん日本でやれたら良いなと思っています。その日が楽しみです。」

最後に今後の展望を聞いてみた。

「演劇みたいなことをやっています、みたいな謙虚なふりをして危ないことをやり続けたいとは思っています。(笑)」

劇場の楽屋からZOOM取材に対応してくれたタニノ。インタビュー最後に、モニター越しに舞台でセットを設置しているスタッフの様子を見せてくれた。そこには壁に富士山が描かれ慣れ親しんだ日本の銭湯の光景があった。その庶民の憩いの場で何が繰り広げられるのか。確かめたい人は台北へGO!

*「眠れる美女」

1960~61年に雑誌「新潮」に掲載された川端康成の中編小説。

  • 波の音高い海辺の宿は、すでに男ではなくなった老人たちのための逸楽の館だった。真紅のビロードのカーテンをめぐらせた一室に、前後不覚に眠らされた裸形の若い女――その傍らで一夜を過す老人の眼は、みずみずしい娘の肉体を透して、訪れつつある死の相を凝視していた。「熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品」と三島由紀夫が評した名作。(amazon書評より)

【公演】

公演日程:2024 年4 月26 日(金)19 時30 分、27 日(土)19 時30 分、28 日(日)14 時30 分

※各回開演30 分前にプレトークあり。28 日のみアフタートークあり。

会場:國家戯劇院(台湾台北国立劇場)

詳細はこちらから:https://npac-ntch.org/programs/17479-2024TIFA%20%E8%8E%8E%E5%A3%AB%E6%AF%94%E4%BA%9E%E7%9A%84%E5%A6%B9%E5%A6%B9%E5%80%91%E7%9A%84%E5%8A%87%E5%9C%98%E2%9C%95%E5%BA%AD%E5%8A%87%E5%9C%98PENINO%E3%80%8A%E8%AA%A0%E5%AF%A6%E6%B5%B4%E6%B1%A0%E3%80%8B