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舞台『言の葉の庭~The Garden of Words~』の演出家アレクサンドラ・ラターへの独占インタビュー

Portrait of Alexandra Rutter
Photo courtesy of Nelke planning

10月某日、訪れたリハーサル室には役者たちに向き合いながら日本語で演出をつける英国人演出家アレクサンドラ・ラターの姿があった。積極的に役者の輪の中に入り、スタッフや役者と話し合いながら稽古を進めている。

10年前に英国を拠点とする自身の劇団Whole Hog Theatreで宮崎駿の大ヒットアニメ映画「もののけ姫」を舞台化したラターが今回取り組んでいるのが「君の名は。(2016年)」、「天気の子(2019年)」、最新作「すずめの戸締まり(2022年)」などで多くの映画賞に輝き、世界中にファンを持つ映画監督の新海誠の2013年の劇場アニメーション作品「言の葉の庭」。スタジオジブリの公認を受けた「もののけ姫」同様に「言の葉の庭」も世界で初めての舞台化であり、その意味でも大いに注目を集めている。

世界初演とは言え、実は日本での舞台に先駆け、8月にはロンドンのPark Theatreでオーディションで選ばれた現地の役者たちが「The Garden of Words」の英語タイトルでの英語による一ヶ月公演を好評のうちに終えたばかりだ。

ロンドン公演に続いての原作の地である日本での上演に際し、日本人のための舞台、そして原作アニメファンに向けての作品作りに余念がないラター。

日英、2つの国の文化を知るラターだからこそのそれぞれの国に適したテイラーメイドの仕事について、そして今や世界に羽ばたこうとしている2.5次元(アニメ、漫画、ビデオゲームを原作に創作された舞台)の舞台について語ってもらった。

Photography by Yuu Ishikura

「言の葉の庭」あらすじ ― 靴職人を目指す高校生・タカオ(岡宮来夢)は、雨の朝は決まって学校をさぼり、公園の日本庭園で靴のスケッチを描いていた。
ある日、タカオは、ひとり缶ビールを飲む謎めいた年上の女性・ユキノ(谷村美月)と出会う。
ふたりは約束もないまま雨の日だけの逢瀬を重ねるようになり、次第に心を通わせていく。
居場所を見失ってしまったというユキノに、彼女がもっと 歩きたくなるような靴を作りたいと願うタカオ。
六月の空のように物憂げに揺れ動く、互いの思いをよそに梅雨は明けようとしていた。

—2013年4月に渋谷のアイア(AiiA)シアターでラターさんにとって初めての日本公演「もののけ姫」が上演されました。今は日本を拠点に活動していると聞きましたがその経緯を教えてください。

上演後は英国に戻ったのですが、すぐにいつの日か日本に戻り、また日本の演劇人たちと一緒に舞台を作りたいと強く思い始めました。当時は日本語が話せなかったのですが、日本で会った人たちに「今度会う時は日本語が話せるようになってくるから」と誓っていたので、その約束を果たす目的で英国の大和日英基金の奨学金制度を利用して日本に戻り、19ヶ月を過ごしました。日本で日本人と演劇活動をしたい、将来的には日本の考え方ややり方を英国に紹介していきたいという願いがあり、そのためにはやはり日本語を習得しないと、と思ったのです。

大和日英基金のカリキュラムに従って、1年間日本語を勉強したあと、職場研修として舞台制作会社で働きました。最終的に継続して日本で働けることになり、今ここにいるわけです。

—今夏ロンドンで上演された「言の葉の庭」は日本から出向いて、日本からの演出家という立場で創作したということなのですね。

そうです。英国人俳優たちと仕事をしたのはかなり久しぶりということになりました。とても楽しかったです。作品の規模によるのですが、スタッフの数はロンドン公演の方が圧倒的に少なく、それに加えて、やはり日本とは違うやり方で芝居を作るので、しばらく日本で働いていた私はまずそれに慣れる必要がありました。

今回ロンドン公演に出演した俳優たちは日本の文化背景を有している人たち、英国に住んでいる東アジア圏のオリジンを持つ人たちです。日本語と英語が話せる人たちが多く、そんな彼らとオーディションの段階から関わることができて作品を一緒に作れたのが本当に貴重な体験でした。

リバースカルチャーショック(長く海外に住んでいる人が自国に帰った際に感じる文化の違いについての驚き)というのがこれなのか、と感じた日々でした。

Photography by Piers Foley

(舞台写真 in ロンドン)

—新海誠監督の46分の劇場アニメーション「言の葉の庭」が公開された2013年の直後から舞台化したいと思っていた、とインタビューで答えていましたが、「言の葉の庭」を舞台化しようと決めた理由はどこにありますか。

大きな理由としては2つあります。まず1つはとにかく私が映画にとても感動したということです。人が生きていくという点にとても正直であり、カタルシスを生みながら動揺させているのも面白いと思いました。

2013年当時、ジブリ作品は知っていましたがアニメに関して得に詳しいわけではなかったので、ジブリ以外のアーティストの作品をいろいろと勉強し、探していたところでした。そんな中、映画祭で観た普通の人たちのごく日常を描いた「言の葉の庭」は、多くの西洋人が抱いているものでもあると思うのですが、私がそれまで抱いていた誤った認識、つまりアニメというのはファンタジーで、SF的なストーリーであるというステレオタイプのアニメのイメージを見事に覆してくれたのです。私は基本的に既存のものに新しいチャレンジを試みるという姿勢にとても共感するタイプの人間です。なので、これを舞台化したら面白いと思いました。舞台化することでアニメに対する固定イメージにチャレンジすることができますし、なによりもこのお話が舞台に適していると思ったのです。西洋ではアニメは主流のメディアというよりも一つのジャンルにすぎないと思われているのですが、その認識から覆したいと思いました。

—最初から「言の葉の庭」は英国と日本で上演するというつもりだったのですか。

いつの段階でそうなったのかはよく覚えていないのですが、「もののけ姫」を日本で上演した後は常に、両方の国で働きたい、そこで日本のアーティストを英国に、英国のアーティストを日本へ紹介するような仕事をしたいと願ってきました。日英の共同制作というものにとても興味があったのです。なので、正確にいつとは断言できませんが、早い段階から両方の国で上演するという案は出ていたと思います。今後の可能性の話になりますが、日英のキャストを入れ替えてみたり、言葉が話せなくても動きが中心のアンサンブルのメンバーをそれぞれの国に派遣したり、といった試みも出来るのではないでしょうか。2国間の姉妹都市ならぬ姉妹作品上演としてそれぞれの部門を交換して、例えば英国のパペット制作チームを日本に呼んだり、プロジェクションチームを英国に派遣したり、と部門ごとのクロスオーバーな試みも可能かもしれません。全体の招聘というとお金がかかりますが、それならもっとお手軽ですから。言葉の壁があるので日本人の俳優が英国で舞台にあがるのはかなり難しいとは思いますが、たとえばムーブメントで表現するアーティストたちを英国に連れていくこともできると思っています。

—元となった新海監督のアニメは46分間の短編なので、その後に発表された新たなエピソードが加わった小説も取り入れているとおうかがいしましたが、そのあたりは舞台化にあたりどのようにまとめたのでしょうか。

これまで2つの原作をまとめて作品作りをしたことがなかったので、とても面白い創作体験となりました。翻案脚本は基本的に46分のアニメに準じていて、アニメにあるシーンはほぼ全て舞台で描いています。

小説は登場人物たちの人物形成の背景となるエピソードを多く含んでいます。また、主人公の周りのキャラクターたちがなぜそのような行動をとるのかについてもアニメで描かれていない詳細が語られています。

原作アニメはすごく綺麗な映像で織りなされており、そしてある意味とても演劇的とも言えるものです。それを大切にしながらどうやって舞台上でストーリーを語るか、つまり、さまざまな糸をどう紡いでいくかが、今回の舞台化における鍵になると思います。

また、ロンドンの観客に向けて作った作品を原作アニメのことをとてもよく知っている東京の観客たちへ向けて上演するというのが一番難しいところでもありました。ロンドンではストーリーの詳細の要素によってはフレキシブルにできる部分もあったのですが日本ではそうはいきません。その意味で日本版は構成が変わってきます。基本的に日本版はロンドン版にそっているのですが、例えば孝雄と祥子が学校にいた時期、ある出来事がどこで起きたのかなど、多少変えているところがあります。

原作のさまざまな資料には忠実であるのですが、東京の観客は原作の細かいところまで熟知していますから、舞台化するために細かなところで多くの改変をしています。

私と共同執筆のスーザン・モモ子・ヒングリーの眼を通して見た今回の翻案脚本がフレッシュであってほしいと思いますし、同時にアニメをきちんと舞台に仕上げていると評価もしてもらいたいです。そのバランスがうまく働けばいいなと願っています。

—その他に何か日本版に関してロンドン版とは違うところはあるのでしょうか。

基本の要素としては日本版はロンドン版に即しているのですが、なんと言っても原作の言語で上演される日本での上演ですから、一度英語にした台詞を細かく直しています。

あと大きな違いとして、キャストの数がだいぶ違います。ロンドンでは俳優は7人でしたが、日本版では15人の俳優が演じます。日本版ではThe Poets(詩人たち)と呼ばれるコロスたちが万葉集の詩の朗読をしたり、登場人物たちの内面を動きで表したり、記憶の中の声を担当したり、とさまざまな場面で劇世界を構築します。そこがロンドン版とは大きく違うところです。ロンドンではこのコロスのパートも役を演じている俳優たちが兼任して演じていました。もし、2つのバージョンを観比べた観客がいるとしたら、作品をコインの裏表のように見るでしょう。全体的に詳細に関しては多くの調整が施されています。日本の観客に楽しんでもらうため、今みんなで最高の作品を目指して試行錯誤して作っています。

—ただそのまま日本語にして上演するのではなく、随分と手の込んだことに挑戦しているように感じます。

はい!実際にすごく楽しいです。常にさらなる難題に挑むことができるのは本当にありがたいことだと思っています。

—ロンドンの舞台評を読んだのですが、多くの新しい挑戦が見られて演劇の将来に期待を感じたとの意見があった一方で、さまざまな仕掛けがまとまっていないという感想もありました。

評のほとんどがとてもフェアなものであったと思います。貴重なフィードバックとして、今回の日本版制作にあたり、それらを参考にしています。作品がさらに良くなっていくように、ロンドンの観客からいただいたさまざまな意見を現在の創作に活かすようにしています。

ロンドン公演の会場パークシアターはロンドン中心部にある200席のくつろげる空間を持つ美しい劇場で作品に適していたと思います。一方で、今回の品川プリンスホテルステラボール(最大876席)はその何倍も大きいので、その意味で日本版は新たなチャレンジであると思っています。それにあわせて、キャストの数も増やしました。例えば、2人のキャラクターの親密な会話のシーンなどを大きな会場で成立させる工夫なども必要だと感じています。

—今回は日本での大きなサイズの劇場にあわせ、ある意味ロンドン公演とは違った日本バージョンを作り上げるということですが、技術スタッフ、音楽、美術などはどうなるのでしょうか。

ロンドン版同様にマーク・チョイの音楽を使いますが、日本版では新しいムーブメントのシーン用に数曲が加えられており、とても楽しみにしています。プロジェクションは基本的には同じなのですが、今回の舞台にあわせさらに進化しています。美術は松生紘子さん、衣装は及川千春さんによるもので、ロンドンの舞台とは違っていますが、私から出した基本的なコンセプトは両作品に通じていると思います。

Photography by Yuu Ishikura

—パペットで登場するカラスの存在について教えてください。

アニメではおそらくカラスは1〜2回登場するだけなのですが、流れる音楽の中で新宿の空の上を旋回するカラスのシーンを観た時にとても気持ちが昂ったのを思い出しました。そこでカラスの二つの異なるイメージ、つまり不吉なあまり良くないイメージを持つ一方で、鳥という飛びたつ希望的なイメージもあるなと気づいたのです。カラスは自分の能力を発揮したいと思ってもなかなかそこに辿り着けないことの象徴です。なぜなら自由と夢を願いながら距離を持って見ているダークで憂鬱な存在だからです。

小説を読んだ時にカラスが重要な役割を担っていて嬉しく思いました。新海監督は自身のことをカラスに準えながらカラスに多くを託していました。そこで私の舞台でも重要な役として登場させようと思ったのです。

Photography by Piers Foley

(舞台写真 in ロンドン)

—ロンドンの演劇界を担っていく若手の代表として、これからの演劇はどうなっていくと思いますか。

パンデミックが我々をさらにクリエイティブに向かわせてくれることを願っています。そして演劇の幅がもっと広がっていくこと、新しいものへ寛容になっていくといいなと思います。

パンデミックが蔓延した際に演劇のオンライン企画、そして従来とは違った作品の発表の仕方が模索され実演されましたが、そのように文化を超えてストーリーを共有する働きかけはとてもエキサイティングだと思います。私としてはそのような試みがもっと盛んになることを願っているのですが、実際のところ、人々はすでに馴染みであるものへ戻っていく傾向があるようです。なので、英国演劇のメインストリームはこれからも変わらないかもしれません。一方で英国においてアニメ原作の芝居が生まれてきていることも事実です。その傾向が続いていってくれれば嬉しいです。

Photography by Yuu Ishikura
Photography by Yuu Ishikura

—最後にあなたが思う2.5次元パフォーマンスの可能性について教えてください。

そもそも2.5次元をどのように区分するかという問題もありますが、アニメ、漫画、そしてビデオゲームを題材にした舞台というのは新しい演劇創造のアイディアとして多くの可能性を含んだ豊かな土壌であると思います。これまで因習的には演劇には適していないとされてきた題材を扱うことで新しいアプローチ、考え方をとらざるを得ないことが創造性を刺激して素晴らしい効果を生むと考えています。そして2.5次元の作品は往々にして原作に近いものになりますので、その意味で原作に忠実な翻案作品であるとも言えると思います。

ロンドンでは最近までアニメに対しての理解が「子供むけ」といった一辺倒なものが多かったのですが、実際に舞台でそのストーリーに触れると、その奥深さに驚く人たちがたくさんいます。またその舞台化をきっかけにそれまで劇場に足を運んだことのないアニメファンが芝居の面白さを発見することもあるのです。従来の英国伝統演劇には閉鎖的なところがあって、往々にして古くからの演劇通のためのものでしたが、新しい2.5次元演劇には全く新しい観客層を獲得する可能性を秘めています。

「言の葉の庭」が2.5次元であるかどうかは別として、人々が今作をどう捉えるのかには興味があります。この作品のスタイルは他の2.5次元作品とはかなり違ったものですが、人々がそれにどう反応するのかが今から楽しみです。

私にとってアニメ、漫画、そして日本のポップカルチャーが特別に受け入れやすいものであるように、多くの若い人たちにとって日本文化の扉を開ける身近なきっかけとなるのではと感じています。同様に2.5次元のパフォーマンスがさらにその先の日本文化への架け橋になると信じています。そしてこれまでにない演劇アプローチをすることで、アニメにとっても演劇にとっても有効なチャレンジとなることを願っています。

Photography by Yuu Ishikura

舞台『言の葉の庭~The Garden of Words~』:11月10(金)〜19日(日) 品川プリンスホテルステラボール

詳しくはhttps://gardenofwords-stage.jp/