JACROWの最新舞台が英国の宙吊り議会で何が起きたのかを教えてくれる

(c) Nobuko Tanaka

演出の中村ノブアキ

日本の戦後政治史にはっきりと刻まれた自民党内における派閥闘争“角福戦争”を軸に、裏で仕掛け、暗躍する政治家たちを描いたJACROWの代表作「闇の将軍」四部作。田中角栄を演じた狩野和馬の笑顔とともに、昭和の政界ドラマは老若男女の演劇ゴアーズの心を鷲掴み、観客たちは高級料亭、角栄の目白御殿での会話劇に耳をそばだたせた。

そんなJACROWの面々が新作「THIS HOUSE」で英国議会の実態をおもしろおかしく暴露する。タイトルの「THIS HOUSE」とは英国庶民院/下院(House of Commons)のことで貴族からなる非公選の貴族院/上院(House of Lords)に対し国民投票の選挙で選ばれた議員から成る。長い間保守党と労働党による二大政党制が定着していたが、今作の舞台となった1970年代には単独過半数に達した政党がない“宙吊り議会(ハング・パーラメント*)”状態となり政権運営が不安定になった。そんな揺れる国家の状況を見て、日本人の我々が考えられることもあるのでは、とJACROW代表で演出の中村ノブアキは話す。

*宙吊り議会(ハング・パーラメント): どの政党も単独で過半数を確保できていない状態。

今回、英国の政界背景を描いた「THIS HOUSE」を上演することになった経緯を教えてもらえますか。

僕の演出助手でJACROWの演出部にいる野月敦君がもともとは翻訳家志望だということで、一昨年ぐらいに2025年に何を上演するのかを話し合っていた際、秋の公演は僕のオリジナル作品ではないものにしようということで野月君に候補作を出すように言いました。彼が出してきたアメリカの戯曲を上演するつもりで準備を始めたのですが上演許可が下りなかったんです。

何か他をとなり、助成金申請のタイミングを考えるとその2ヶ月ぐらいのうちに作品を決めなければとなりました。野月君がコロナの時にナショナル・シアター・アット・ホーム*でこの「This House」を観たことを思い出して、いつかやりたいと思っていたこともあってどうだろうかということになったのです。

野月君は小難しいけれどJACROWっぽい作品でもあるなと思っていたらしく、正直、難解だけれどもうこれしかないと覚悟を決めて「This House」を提案してきました。

僕も企画書を読んで、JACROWにあっているし、本邦初公開だということで挑戦のしがいもあるのでこれにしようと直感で決めました。

その後、無事上演許可がおり、助成金申請も終え、僕も配信で英国NT(ナショナル・シアター)の舞台を観たのですが、そこで気がつきました。。。これは大変だぞ、と。半年前ぐらいに日本語翻訳を渡されたのですが、正直、少し後悔しました。これはえらいことになったぞ、と(笑)。

*ナショナル・シアター・アット・ホーム: 英国ナショナル・シアターが運営する舞台作品の有料配信。https://www.ntathome.com/

二院制と言っても日本とは違った英国の下院(庶民院)と上院(貴族院)からなる議会制度の話をどのように日本で上演するのでしょうか。演出で特別に準備していることはありますか。

今作をより楽しむための補足説明として、解説動画を作っていてSNSで発信しています。そこで、例えば、英国の二大政党制の話やペアリング*の解説をしています。

とは言え、もちろんその動画を見ないで劇場に来る人も多くいると思うので、解説動画と同じような内容のプレトークをやります。なので、上演開始時間から10分間の基本知識についてのプレトークを経てから本編上演となります。三つ目として、上演の中で字幕を出して、説明を入れるようにします。英国国民ですら知らないことだらけだったと聞いたので日本人が知らなくて当然と開き直って出せる情報は出していこう、と。その点では少し勇気をもらいました。

また、入れ替わり関わってくるアンサンブルの人たち(主な登場人物の他にその都度少数政党の議員たちが関わってくるため、一人で何役も演じる場合がある)に関しては、保守党側か労働党側か、どちら側の人なのかすぐに見分けがつくような情報を差し込みます。

*ペアリング: 欠席する議員が反対の立場の議員と合意の上、当該反対の立場の議員にも欠席してもらうことにより、欠席による影響を小さくする紳士協定「ペアリング」が行われることがある。

かなり多くのアンサンブルキャストがいますが、シアタートップスの小劇場でどのように演出するのですか。

劇場に入った瞬間に観客は気づくと思うのですが、アンサンブルの人たちは客席に座ってもらいます。毎回奈落に入って楽屋に戻っていたら間に合わないので、彼らには客席と往復してもらいます。なので、最前列の観客たちの目の前に役者がいるので、それも楽しんでもらえるかなと思っています。

小さい劇場なので、逆に密集した空間を作ろうと思っています。わざと狭いところにごちゃごちゃ人がいるようにして、あと、あまり大道具を置かずにテーブルと椅子だけで演じるエリアを広くします。あとはト書にある通り、ビッグベンだけは背後に大きく出します。

Photo courtesy of JACROW
Photo courtesy of JACROW

「THIS HOUSE」の稽古風景

最初に企画書を読んだ時に上演しようと即決したということですが、今作を日本で上演する意義を教えてください。

この戯曲の根幹にある“宙吊り議会(ハング・パーラメント*)”が今の日本の政治状況とリンクしているというのが一つ大きな上演意義です。民主主義というのは一方で“数集め”という側面がありますが、今作はその数集めに奔走する人達を描いたコメディでもあるので、そのコメディを笑っているうちに日本も数集めで色々なことをやっているなと振り返ってもらえれば面白いかなと思っています。

日本では二大政党制をずっと標榜しているけれどなかなかそうならない現実に対して、英国ではちゃんと二大政党制が成立しているというのを僕自身羨ましく思うところがあります。英国の有権者の人達がしっかりとその都度自分の信条や思い、生活環境に適した政党を選んで投票しそれが政治に反映されているという意味において、日本の有権者の人達、それはまさに観客の人達なのですがこの芝居を観て二大政党なり民主主義を考えるきっかけになればと思っています。

*宙吊り議会(ハング・パーラメント): どの政党も単独で過半数を確保できていない状態。

作者、ジェームズ・グレアムに新聞記者が「政治を扱った演劇が世の中を変えることができると思いますか?」と質問をしている記事を読んだのですが、それに関してはどう思いますか。

僕の演劇論にもなるのですが、他の文化、例えば映画や音楽、お笑いなどは処方箋としてかなりダイレクトに効果がある、例えば音楽を聴くことで気分があがるとか、と思っているのですが、演劇というのは漢方薬だと思っていて即効性は無いと思っています。ですが、ずっとそれを摂取し続けるうちに体質改善していくものだと思うのです。僕自身がそうだったのですが、大学で演劇に出会い、続けていくうちにどんどん社会を見る眼だったり、イデオロギーが形成されていったんです。演劇を見続け、目の前で対話をしている人を見続けていけば、漢方薬なのでいずれは効果が表れてくると信じています。その変化は1回限りではなかなか表れないかもしれませんが、見続けることでじわじわと効いてくると思います。

同じインタビュー記事でグレアムさんが自分はワーキングクラスの出身で周りには文化的なものはなく地域コミュニテーは無力感に溢れていた。そんな中で権力の仕組みに興味を抱いたと話していました。中村さんの場合は彼とは逆のアッパーな環境だったと思うのですが、そこで演劇に向かったのはなぜですか。

ある意味、日本のサラリーマン*は仕事が忙しすぎて、文化的な暮らしをしていないのではないでしょうか。家に帰れば家庭サービス、週末は寝ているだけという人が多い。そんな中、カルチャー、演劇は、そんな日々の会社生活に影響を与え良い作用をするものなのです。その人達が観ていないのであれば、その人達が観たいと思うような演劇、政治ネタや社会ネタをJACROWでやろうと考えました。それがJACROW の一つのミッションだと思っています。

*中村ノブアキ氏はサラリーマンとして働きながら演劇活動を続けている。

Photo courtesy of JACROW

さらにグレアムさんはこの劇の最後に登場するサッチャー首相について、経済重視の政策で経済は上向いたかもしれないが、自分の周りの無力感が充満している人々にとっては何の影響もなかった、と語っています。

なるほど、それではぜひ今回のJACROWの舞台のラストを楽しみにしていて欲しいです。と言うのは、ラストに戯曲にはない字幕を入れているからです。それが今の日本の状況とリンクしていて、現政権を想起させるような字幕が入ります。

とは言え、台本に関してはその他の部分で大きな改変はしていません。英国人だからわかるといったあまりにも難しい内部の事柄、ソープ事件*の記述などはカットしましたが、基本的には原作に敬意を表して変えていません。

*ソープ事件: 1970年代に英国で起きた元自由党党首、ジェレミー・ソープによる政治的・性的スキャンダル事件。

日本の観客には何を持ち帰ってもらいたいと思っていますか。

一番大きいのは、この劇を観て、まずは政治に興味を持ってもらえれば良いなと思っています。民主主義について、また今の日本の政治状況、宙吊り議会についての複雑さ、それゆえの面白さを感じてもらいたいですし、自分の1票が政治を、国を動かすことにつながるという、投票行動につながればとても嬉しいです。

(c) Nobuko Tanaka

JACROWのこれからの方向性と予定を教えてもらえますか。

もちろん若い人たちにも観てもらいたいですが、僕は特に30〜40代のがむしゃらに働いている人達に演劇を観てもらいたいんです。彼らにこそ演劇で行動を変えていってもらいたい。そのため政治や経済といったジャンルの作品を発表し続けているのでその方向は今後も続けていきます。

とは言え、ちょっと客層が偏ってきているとも思っているので、やっぱり若い女性にもウケたいので(笑)、ちゃんとしたヒューマンドラマをやる路線を増やそうとも思っていて、来年ぐらいから始める予定です。お楽しみに。

「THIS HOUSE」

期間:2025年11月19日(水)―25日(火)

会場:新宿シアタートップス

詳細:http://www.jacrow.com

https://j-stage-i.jp/JACROW