2025年秋、岡田利規アーティスティック・ディレクターのもと開催された第一回「秋の隕石2025東京」が広域を視野に入れた劇場へのアクセシビリティの拡充を掲げ、多くの子供たちから演劇入門者の大人らを呼び込み盛況のうちに幕を閉じたのは記憶に新しいところ。第一回目の興奮覚めやらぬ中、早くも10⽉9⽇から11⽉3⽇までに開催される「秋の隕石2026東京」のプログラム発表に伴う記者懇談会が7月22日にメイン会場となる東京芸術劇場で行われた。

撮影:加藤甫/提供:東京舞台芸術祭実行委員会
Photo by Hajime Kato / Courtesy of the Tokyo Festival Executive Committee
ダンスや演劇、 オブジェクトシアターなどの「上演プログラム」が13作品、ワークショップやトークなどの「上演じゃないプログラム」が4つ、来場サポートとして2つの事業を含むウェルカム体制で構成された今年の「秋の隕石2026東京」について、昨年に引き続きアーティスティック・ディレクターとして指揮をとる岡田は会見冒頭、「2026年度のプログラムにとても自信がありますし、本日皆様に発表できる日が来たことをとても嬉しく思っています」となんともワクワクする言葉で口火を切った。
「隕石という言葉に込めた思いですが、我々は普段暮らしている際に出会っていないものについて考えることはないと思います。しかし、そんな我々の中に存在していなかったものがやってくることでそれらに出会うという機会を私は何よりも欲しています。そのように私が求めるものは多くの人たちと共有するに値するものであるというコンセプトのもとでこのフェスティバルを行なっていて、今回に関してもそのような“出会えていないもの”をラインナップすることができました。」

撮影:加藤甫/提供:東京舞台芸術祭実行委員会
Photo by Hajime Kato / Courtesy of the Tokyo Festival Executive Committee
「本日ここに集まっていただいた参加アーティストさんたちは「隕石」という言葉に託したテーマやコンセプトを持った作品を創作しているのと同時に芸術という美学(aesthetics)を有しているものを提供してくださいます。その部分がこの社会においてどのような力、意義を持ち共有されていくのかということを今後進めて行きたいと思っています。そのために、プレスの方々により理解していただくため、本日はこの記者懇談会を開くことにしました」と話し、登壇した芸術祭参加のアーティストたちと対話をしながら作品について、また「上演プログラム」に選んだ理由について語った。
(ここからは記者懇談会に登壇したアーティストとアーティスティック・ディレクター岡田利規による対話のレポートを当日行われた順に紹介する)
(1)あぃたら えィ(新井英夫×板坂記代子×山田衛子)『さん まるだが だんころ 3 〜音と動きのパフォーマンス〜』
日程:10月9日(金)・12日(月・祝)
会場:東京芸術劇場シアターイースト


—ALSを患いながら活動を続けるダンスアーティスト・体奏家の新井英夫と身体・造形の表現家である板坂記代子、即興演奏家の山田衛子による即興パフォーマンスで「秋の隕石」が委嘱した“この世界の〈かすかさ〉を分かちあうパフォーマンス作品”。
岡田:“かすかさ”を分かちあうパフォーマンス」というものにすごく魅力を感じています。かすかさを分かち合うことはとても困難ではあるけれど、とても重要なことだと思うからです。そこで、このパフォーマンスを通じて実現したいことを教えてください。
新井:私の声は聞こえているとは思いますが、皆さんは何を言っているのかはわからないでしょう。(人工呼吸器のために声帯を取ってしまっているので)
僕はいま実際にかすかな声しか出ないし伝わらないことが多いけれど、喋りたいことや伝えたいことがたくさん体の中にあります。“小さく弱くゆっくり”という表現に対し、受け取る側が感覚を開くことで“世界の解像度がもっと上がるんじゃないか”と思います。
板坂:かすかな変化、微妙な違いを演者がお互いに感じ合い、新しいかすかさを見つけていくような緊張感のあるステージを3人でその場で作っていけたらと思っていて、さらにその舞台上の緊張感が会場の空気を動かすことができれば良いなと思っています。
山田:この”かすかさ”をどのようにしてシェアするのか私は分かりません。当日、皆さんとどのようにしてシェアできるのかを一緒に探りながら上演を楽しみたいと思います。
(2)花形槙 「エルゴノミクス胚」
日程:10月29日(木)〜 11月1日(日)
会場:東京芸術劇場シアターイースト


—パフォーマンスやメディアアートの領域で活動するアーティストの花形槙。彼は機器や環境を人間の身体にとって最適な形へと設計する思想であるエルゴノミクスに着目する。本作は人間と技術の未分化な存在である〈胚〉を提示するため、「椅子になろうとする」パフォーマンス作品である。
岡田:花形さんの“椅子になりたい”という欲望は根源的なものなのかもしれませんが、とても変態的で“隕石”的なものを感じています。その欲望についてお話しいただけますか。
花形:椅子に座ることによって人はこの世界の役割に収まることができる、つまり椅子が空のスロットであるように僕には見えています。例えば、電車内でシートではなく床に座っていたら乗客にはなれないのではないでしょうか。どうしたら私はあらゆる社会的な振る舞い、人間としての振る舞いの外側へ行けるのかをずっと考えてきました。そんな中、椅子に座るということがこの社会へ接続することができる滑らかなインターフェースだとした時に、世界の外側へ行くために、いっそ椅子そのものになることを欲したのです。椅子の中に自分を見出すとか、自分が椅子として見出されるといったことから、椅子と私自身との関係を「捻転」することで、この世界の外側へと躍り出てしまう、ということを。
(3)ダダルズ 野外公演『よだれ観覧車』
日程:10月17日(土)〜18日(日)
会場:GLOBAL RING THEATRE(池袋西口公園野外劇場)


撮影:加藤甫/提供:東京舞台芸術祭実行委員会
Photo by Hajime Kato / Courtesy of the Tokyo Festival Executive Committee
—ダダルズは2018年に大石恵美により旗揚げされた。近年は「作者自身が自分の名前を名乗り、語り手として語る」形式で作・演出・出演を大石ひとりで担う作品を継続して発表している。本作で大石は、他者の視線や既存の価値観に晒されながら生きる感覚に対する言葉や語りを探し、かつ単一の問題に回収されないように敢えて散らかす。
岡田:今回は「秋の隕石」からの要望により池袋西口公園野外劇場(GLOBAL RING THEATRE)での上演となったわけですが、その野外公演ということへの意気込みを聞かせてください。
大石:2023年から自分で書いた言葉を自分で言うという形式で、作・演出・出演全てを自分で兼ねるというパフォーマンスをやってきました。私はこの「よだれ観覧車」という戯曲で第70回岸田國士戯曲賞(2026年)を受賞しまして、その時の選考委員であった岡田さんが選評の中で“(作者は)何の文脈も共有できるとは思っていないのではないか”といったことを述べていました。
岡田:それについてはどう思いましたか。
大石:自分の感覚を辿っていくときに、これだからこうだというような普通の文章では収まらないところまで行きたいと思っています。そういった言葉はある人にはすごく伝わるかもしれないけれど伝わらない人も増えてしまう。そして、そういった言葉はある種守られた空間である劇場ではなく、通り過ぎられてしまうかもしれない野ざらしなところ、の方があっているのではないかと感じています。野外のノイズがたくさんある空間で自分の言葉をどう聞かせられるのか、これまでやったことがないので怖い反面、適しているのではないかと思っています。
(4)虹組ファイツ 『第11回 虹組学園 秋の大文化祭』
日程:10月25日(日)
会場:東京芸術劇場シアターウエスト


—「アイドルごっこ」をコンセプトに結成されたゲイアイドルサークル・虹組ファイツは、2009年の結成以来、17 年にわたりメンバーを緩やかに入れ替えながら活動を続け、これまで通算134名が参加してきた。イベントごとにメンバーが集結するライブ出演をはじめ、音源・映像配信やレインボープライドイベントへの参加など、多彩な活動を展開している。ライブで披露されるオリジナル楽曲は、恋愛や応援といったアイドルソングの王道的なテーマを扱いながら、同性同士の関係性を織り込み、これまで異性愛中心に形づくられてきたアイドル表現の幅をひらいていく。
大谷:この芸術祭に参加させていただくことになってから、あらためて自分達を見直した際に、結構「隕石」みがあるなと思いました。
オリジナル楽曲は100曲以上あります。そしてもちろんメンバー全員がゲイです。また非営利団体なのでメンバーは普段それぞれの仕事をしながら、週末に集まって作品を作り上げています。考えれば考えるほど、唯一無二の団体だなと思っています。隕石として胸を張って参加したいと思います。
岡田:その唯一無二の存在自体も紹介したいなと思い、隕石にお招きしました。
(5) 山城知佳子『リコーリング(ス) ― シアトリカル・バージョン』
日程:10月30日(金)〜11月3日(火・祝)
会場:東京芸術劇場プレイハウス


——2025年にアーティゾン美術館で発表したインスタレーション作品『リコーリング(ス)』を起点に、那覇文化芸術劇場なはーとでの劇場版初演を経て、今回は東京芸術劇場という空間に応答して再構成した《リコーリング(ス)―シアトリカル・バージョン》を上演する。本バージョンでは観客は移動しながら作品を鑑賞するようになる。
空間に散りばめられたスクリーンから重なり響く、証言、再現、演奏、漫才などさまざまな声や身振り。それらに 取り囲まれた観客は、第二次世界⼤戦が、ひとつの過ぎ去った出来事ではないことを身体的に体感していく。
岡田:今回美術館という空間から劇場へ場所を移してのバージョンを作りたいと思った、そのモチベーションは何ですか。また今回東京の公共劇場で上演する意義についてお話いただけますか。
山城:映像作家として、その一度きりではない再現性に惹かれ、30年間映像作品を作り続けてきました。一方で、ある時から、映像だけでは届かないものがあるのではないか、と考えるようになったんです。撮影中は、その場で人や出来事に関わり続けられるのですが、作品が完成すると、そこから先は観客に委ねられます。そのことに少し物足りなさを感じるようになりました。そこで舞台を観に行くと、上演のたびに作品が更新され、作り手も観客もその場に立ち会う劇場空間に惹かれるようになりました。
一方で最近、幼い頃から沖縄で平和教育を受けてきたけれど、過去のことを学ぶためだけに平和教育を受けてきたのだろうかと疑問に思うようになってきました。なぜなら沖縄でこれまでなかったようなこと、例えば元々無かった島にも基地が増えてきていることなどを目にするようになってきたのですが、その時に咄嗟に反応できない自分がいたのです。そこで、撮った瞬間に過去になってしまう映像制作を続けてきたことも関係しているのではないか、自分自身の身体もまた、戦争を過去のこととして捉えているのではないか、と問い始めました。沖縄戦の記憶を、過去の出来事として学んでいるだけでは、身体は動かない。現在の問題として経験し直す必要があるのではないかと考えるようになりました。それにはどうすればよいかと考える中で、私はインスタレーション作品で、映像を受動的に鑑賞するのではなく、観客自身が歩き、空間を移動しながら作品へアクセスする形式を試行錯誤するようになりました。身体が移動すると、見える景色だけではなく、自分自身の感じ方も変わってくるからです。さらに、鑑賞後にその経験について他者との対話が生まれる場も目指しました。そうした考えをさらに発展させた先に、劇場空間で《リコーリング(ス)―シアトリカル・バージョン》を発表するという現在の制作へとつながっています。
東京での上演についてですが、私は沖縄で生まれ育ち、6年前からは大学の仕事で毎月沖縄と関東を往復しています。そうした中で、茨城で自衛隊基地の風景を見たときに、沖縄と重なる感覚を覚えました。さらに各地を移動する中で、日本全体が沖縄と地続きであるように感じる瞬間が増えていったんです。
私自身、米軍基地の風景にどこか故郷のような感覚を抱く自分に気づきました。頭では違和感を抱いていても、身体は刷り込まれた風景に反応してしまう。その矛盾に気づいたとき、自分の身体もまた、歴史や社会によって知らず知らずのうちに条件づけられているのではないか、と考えるようになりました。そのことに気づいてから、自分が移動することの意味も変わってきたんです。移動することで、それまで当たり前だと思っていた身体や風景を、少し違う角度から見られるようになりました。
私が移動していくことで、日本は沖縄なんだと思えるようになってきたんです。そう思えるようになると、人ごとではなくなるし、沖縄と本土という二項対立で語られることもひっくり返せる。そう考えるようになってからは、沖縄を一つの起点としながら、その土地で出会う人々との対話が生まれる場を、芸術作品で生み出したいと考えるようになりました。
(6)シアター能楽 英語能『青い⽉のメンフィス』
シアター能楽 英語能『青い⽉のメンフィス』
日程:10月10日(土)〜11日(日)
会場:東京芸術劇場プレイハウス

—シアター能楽は2000年に設立したアメリカ、日本、イギリス、スウェーデンを拠点とするメンバーで構成された国際的なパフォーマンスカンパニー。シアター能楽が英語で上演する創作能『青い月のメンフィス(Blue Moon Over Memphis)』。アメリカの劇作家デ ボラ・ブレヴォートが能に着想を得て、エルヴィス・プレスリーを題材に執筆した戯曲を下敷きとしている 。死者と生者の邂逅を描く夢幻能そのままに、 エルヴィス(シテ)の熱烈なファンである女性ジュディ(ワキ)が、命⽇に墓を訪れ、⻘い⽉の光に導かれてその亡霊と出会う物語。
岡田:「能」という形式に何を見出していますか。
エマート:多くの人が「能」は動きが少なくてつまらないといった感想を述べると思いますが、私はそのゆっくりとした動きの中に大きな力を感じています。
オグルビー:私は以前演劇をやっていたのですが、今はもっぱら能だけをやっています。やはり演劇と能は違います。能楽師は役者ではないですし、役者は能楽師ではないのです。能楽師はスポーツ選手に近いと思います。ストーリーがどうと言うよりも型などの細部を鑑賞するのが面白いのだと思います。
—実際にパフォーマンスで使用するエルヴィスの面を披露。

岡田:お聞きしたところによると、エルヴィスの面はある時代の彼に特化したものではなく、いろいろな年代のエルヴィスを混ぜ合わせたものだとか。
オグルビー:目は最後の時期の40代、哀しい目で、頬は映画によく出ていた30代、顎と口は若い時、そして髪型は28歳くらいですかね。

Photo by David Surtasky
(7)ジュンコエモト『真夜中に寂しくなったときに観たい演劇』 via Tokyo Metropolitan Theatre
日程:10月16日(金)〜18日(日)
会場:東京芸術劇場シアターイースト


—〈君〉が渇望しているレズビアンの物語とは何か?——異性愛が前提とされる社会で作られてきたレズビアン像に抗い、悲劇や生きづらさに回収されることのないレズビアンの恋愛や生存、その美学を軸に展開する。この作品 は、〈君〉というレズビアンの存在を忘れない。レズビアンの観客にとっては共感が生まれや すく、レズビアンではない観客にとっては居心地の悪さを感じることがあるかもしれない。それは、マジョリティ が主体となる共感構造を反転させるための試みである。
岡田:江本さんの作品には美学性が明確に示されていると感じました。
江本:美学ということに関して言うと、広告的表現をしない、消費物にさせない、特権的になりたくないと思いながら作品を作ってきましたが、今回の作品ではそれら全てをひっくり返すことになります。
レズビアンの恋愛、生き方を描くわけですが、それが魅力的であるとか、一方的な価値観を作品を通じて広報する、そういった広告的な行為を厭いません。
昨今、社会に浸透しているLGBTQを扱った作品の多くは異性愛者というマジョリティを観客対象としていることに気づきました。それらはマジョリティの観客が納得しやすい形に作られていて、そこに自分はいないなと感じました。マイノリティを題材にしつつ、マジョリティの消費のためにあつらえられた作品を見るのはつらいです。同性愛者、特にレズビアンが「明日忘れてもいいくらいの消費物」として楽しめる作品がこの社会にもっとあってほしいと思います。だからこの作品を、私は消費物として作ります。
マイノリティに対して作品を作ることは、マイノリティの存在を忘れない、というメッセージにもなると思います。商業であればマジョリティに向けて作品が供給されることは、当然の理屈かもしれませんが、その理屈を無視して、大都市の公共劇場でマイノリティに呼びかけられる作品が上演できることに、意味を感じています。そのために、わたしが演劇を作って発信できるという特権を大いに利用したいと思います。
(8)捩子ぴじん+YCAM『せいせいのせんせい』
日程:10月9日(金)〜12日(月・祝)
会場:東京芸術劇場シアターウェスト

Photo by Yuki Moriya Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

Photo by Yuki Moriya Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]
—〈人間〉という存在って何?を考える、AIロボットとの学び合いの場。ダンサー・振付家の捩子ぴじんと山口情報芸術センター[YCAM]のコラボレーションで制作したパフォーマン ス作品。捩子は今回、演出・構成を担当し、AIとロボット、そして人間が「生成」を通じてともに学ぶ授業を展開する。観客がロボットの〈せんせい〉と「海の水 ってどんな味?」「ドキドキするってどんな感じ?」といったやりとりを交わすと、学習し続けたロボットはやがて授業を〈せいせい〉し、その場はAIどうしのコミュニケーションの渦となる。小学4年生以上の子どもから参加できる。
岡田:今後さらに普及していくAIのある世界と向き合うというコンセプトの作品を子供のために作っているということで、とても重要なものだと思います。
捩子:OpenAIがChatGPTを発表してから1年ぐらいの時にこのプロダクションの制作の依頼がありました。ロボットとAIを使った子供向けの作品を、且つ、この作品で学校を巡回したいという希望でした。2025年暮れの初演の際には実際、親子で劇場へ来るというのはハードルが高いようで子供は観客全体の1/3未満ぐらいしかいませんでした。なので、今回はぜひ多くの子供たちに来場してもらいたいと思っています。AIは確実に私たちの生活にさらに多くの場面で関わってくると思います。今の子供たちは私たちとは全然違う世界を生きることになるでしょう。そのためにも色々と知っておかなければと思いながら創作しました。
そのほかの上演プログラム
*クリストファー・リューピング 『渇望』 サラ・ケイン作
日程:10月17日(土)〜18日(日)
会場:東京芸術劇場プレイハウス


—現在ドイツ語圏演劇界で最も注目を集める演出家のひとり、クリストファー・リューピングの作品を初めて日本 で上演する。28歳でこの世をさった英国人劇作家サラ・ケインの戯曲との出会いにより演劇の道に進んだリューピングは、原作にはない5人目の役を考案し演出。その役は舞台上の椅子に座り、一言も発さない。他の4人が5人目に強いセリフを投げつけると、その度に大きなスクリーンに映し出される表情は細やかに反応し変化する。
*アナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ 『オカンとカネ』
日程:10月16日(金)〜18日(日)
会場:東京芸術劇場シアターウエスト


—メキシコに暮らすホセフィナ〈母親〉と、演劇で生活する息子アナカルシス・ラモスの二人の地元ユカタン半島西部カンペチェは、スペイン植民地時代の要塞都市で世界有数の石油資源を擁する地域として発展した。一方、過去数十年にわたりメキシコで最も貧困層が多い州の1つでもある。アナカルシスは、演劇活動に専念するため、また、カンペチェに蔓延する暴力や抑圧から逃れるため、そしてゲイの男性としてのアイデンティティと向き合うためにメキシコ・シティに移る。本作はこの母と息子が舞台上でカンペチェの経済史をたどりながら、家族とそれを取り巻く経済や社会の発展、挫折を描くドキュメンタリー・シアターである。
*ナディア・ブグレ 『バーニング・ガールズ』
日程:10月23日(金)〜25日(日)
会場:東京芸術劇場シアターイースト


—ナディア・ブグレはコートジボワール出身の振付家。社会と身体・ジェンダーの境界を問い直す挑戦的な作品を創作してきた。ナディア自身の故郷であり、「象牙の奇跡」とも呼ばれる高度経済成長を遂げた都市アビジャンは、アフリカの有数の経済都市。その都市が抱える貧困地域アボボで生活するアヤとクリステルによる様々に形を変えるパン生地を用いたパフォーマンス作品。今なおアフリカに、そして世界中に存在する男性中心主義や女性の身体に課せられた社会の抑圧に対し、力強くそして明るく燃えるように毅然と抵抗する。
*岡田利規&山田和樹 東京芸術劇場芸術監督 コラボレーション企画
『静寂のガツンとした一撃』
日程:10月25日(日)
会場:東京芸術劇場アトリウム

—2026年度より東京芸術劇場の新芸術監督に就任した岡田利規(舞台芸術部門)と山田和樹(音楽部門)による、劇場の地下1階から5階までの大きな吹き抜けを大胆に使った一度きりの無料パフォーマンス作品。「公共空間における小さな音・沈黙」というテーマに基づきながら、岡田により書かれたテキストの朗読 と、山田の指揮による音楽によって、アトリウムに新たな聴覚体験を立ち上げる。
*アヒェ・エンジニアリング・シアター 『白い部屋』
日程:10月31日(土)〜 11月2日(月)
会場:東京芸術劇場シアターウエスト

Photo:Erich Malter

Photo:Erich Malter
—オブジェクトシアターのアーティストの多くが影響を受けたと語る、ロシアで1989年に設立されたパフォーマンス集団アヒェ。オブジェクトシアター界の〈巨匠〉による30年来の代表作が登場する。水や火、紙や布といったシンプルなオブジェクトを用い、強烈なイメージの羅列と、舞台効果によるポエティックで寓話的かつユニークな演出で観客の感覚と想像力を刺激する。1996年初演以来、アヒェのメンバーと共に月日を重ねながら世界各地で上演されてきた本作は鮮やかな情景の連鎖、そしてその軽妙でユーモアある時空間を舞台上に出現。
秋の隕石2026東京
会期:2026年10月9日(金)〜11月3日(火・祝)
会場:東京芸術劇場、GLOBAL RING THEATRE (池袋西口公園野外劇場)
詳細:https://autumnmeteorite.jp/ja
