今年度のローレンス・オリヴィエ賞最有力候補作品を日本で観ることが出来る貴重なチャンスがやってくる

Photo courtesy of RINKOGUN

「KYOTO」の稽古風景

劇作家、演出家の坂手洋二率いる劇団<燐光群>の最新舞台は英国演劇界で話題沸騰の問題作。1997年に開かれた地球温暖化防止京都会議(COP3)における温室効果ガスの排出削減を義務付けた国際条約「京都議定書」の採択に至るまでの裏側をダイナミックに、時に英国劇らしく国際会議での駆け引きを笑いとともに皮肉たっぷりに描いた、その名も「KYOTO」。

英国北部のシェイクスピア生誕の地、ストラトフォード・アポン・エイヴォンにあるロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの劇場(RSC)で、RSCとGood Chance Theatre(劇作家ジョー・マーフィーとジョー・ロバートソンが2015年に発足したカンパニー)の共同制作によって2024年に世界初演を迎えた本作。今年に入り幕をあけたロンドン、ソーホー劇場での上演も大盛況のうちに幕を閉じ、英国演劇界の権威であるオリヴィエ賞の最有力候補の一つに挙げられている。

そんなホットな舞台をロンドンで観てきたばかりという坂手が劇団員たちと日々日本版の創作に挑んでいるリハーサルの現場を訪ね、今回の上演に至った経緯、この戯曲の魅力についてたっぷりと語ってもらった。

劇作家、演出家 坂手洋二

今回、2024年の英国世界初演から早いタイミングでの日本版上演に至った経緯を教えてもらえますか。

英国のRSCの舞台に「日本」役の役者として出演しているトーゴ・イガワさんからの紹介がありました。今年5月にロンドンでの続演舞台が閉幕した英国オリジナル舞台に出演していたイガワさんはRSCの舞台を日本で上演することを考えていました。そこでまずはその日のために日本語翻訳を進めましょうということにもなっていたのです。

僕としては燐光群で今回上演するものとRSCの舞台は別物なので、たとえ燐光群の作品として日本人の役者で上演したとしても、将来、RSCの英国版が日本で上演されないということにはならないと理解しています。双方の可能性のもとにイガワさんとも話をして、戯曲を読んでみたらとても面白かったので、それならば、とすぐに上演権の取得に着手し、上演権がすぐにいただけたのでまずは燐光群で上演しましょうという考えになりました。

今回はイガワさんも含み、3人の翻訳者の方々(高橋博子、坂手洋二、トーゴ・イガワ)が共同で翻訳を担当されています。どのような役割分担があったのでしょうか。

高橋さんがまず訳し、その後にその訳を僕が読んで手を加えたりしたものを英国のイガワさんへ送り、返ってきたものを高橋さんがまたチェックして、といったことを繰り返し、最終稿を完成させました。その際に、1997年に京都で開催された第3回気候変動枠組条約締結国会議(COP3)に実際に参加された環境問題研究者の第一人者として有名な東北大学の明日香壽川特任・名誉教授が我々が上演するということを聞きつけ連絡を下さりました。実際に当時の会議で使われていた用語を教えていただき、色々とご協力をいただきました。

高橋博子さんは国際的な公文書研究の権威でして、燐光群が2023年に第五福竜丸に関する芝居「わが友、第五福竜丸」(作・演出坂手洋二)を上演した時に、僕は高知でマグロ漁船の被爆者たちが起こした訴訟に関する裁判を取材していて、そこでやはりその裁判に携わっていた高橋さんと知り合いました。現奈良大学教授の高橋さんが「ビキニ被災事件」当時の重光葵外相とアリソン米大使の会談に関する文書の情報公開請求をしたことでその公文書が開示され事実が明らかになったという経緯があるほど優秀な方です。

第五福竜丸においてはマーシャル諸島の島々が被曝して、その後裁判などが起こっているわけですが、同じようにこの「KYOTO」の芝居でたびたび登場するのがやはり太平洋にあって地球温暖化による海面上昇で水没の危機にあるキリバス共和国です。その意味で、第五福竜丸の放射能汚染の話と今回の「KYOTO」が扱っている環境汚染の話がどこかで繋がってくるんです。

ちなみにチラシのイラストに描かれているのはキリバス代表の人間のイメージです。

作家として、この「KYOTO」の戯曲の魅力をどう捉えていますか。

作家のジョー・マーフィーとジョー・ロバートソンの2017年初演の大ヒット作「ジャングル」はフランス北部のカレーにある大規模な難民キャンプを題材にした戯曲で、彼らはそのような問題意識から芝居を作っている若い作家たちです。環境問題を自分たちの問題であると捉えていくその捉え方、そして、これは自分の芝居づくりにも言えることなのですが、過去の出来事や様々な情報を集めてそれを再構成していく、つまりへんにお話しをつくって物語的にしないで情報としてきちんと提供することをしていると思います。

燐光群でも「パーマネント・ウェイ」「スタッフ・ハプンズ」「ザ・パワー・オブ・イエス」など何度か翻訳上演してきた英国の作家デヴィッド・ヘアー作品の系譜なのだと思います。つまり、何年何月、どこで何が起きたかと言うことを淡々と追っていきながら積み重ねていくという。ヘアーの戯曲に取り組んできた僕らとしてはそのやり方に慣れているわけですが、そんな僕らからしても大きな決意と意志で、毎日取り組んでいます。

この劇では89年からのCOP3以前、京都で何らか約束を採択させようと奔走するのが前半で、後半は京都のCOP3での出来事が書かれています。前半ではとにかくものすごい数の会議を次々と行うのですが、それは情報を紹介するためというだけではなくて、そこにギュッと圧縮して先進国、後進国がどんな会議を重ねてきたのか、何が争点になってきたのかというエッセンスを前半で無理やり収縮しているのです。それがあって、それは京都で決定に至るのか?というところで後半のCOP3京都が始まるのです。本当に良くできた戯曲だと思います。

最近の演劇やテレビドラマなどでは因果話、家族の話など偶然が多すぎるありえない設定の、お話のためのお話が横行していますが、この戯曲のすごいところはとにかく議会をどんどん重ねていく、そして議会そのものを描いているというところです。そこに因果などというものは介入していません。そこで唯一の接着剤になっているのが石油業界出身のロビイストで弁護士のアメリカ人ドン・パールマン。環境保護の動きをどうにか撃退しようと彼はずっと成り行きを見続けていたので、彼だけがそれこそ全てを見ていたということになるのです。それについて語る冒頭のドンのスピーチはとても面白いですね。

先日、ロンドンのソーホー劇場でRSCの舞台をご覧になったそうですが、いかがでしたか。

観客は全編とても楽しそうに観ていました。あちらこちらでクスクス笑いが起こっていました。

そうとは感じさせず、それでいてしっかりと前衛的な手法を使っていました。例えばそこでは、キャラクターの人物像をいかにも内面的にそれらしく作るというようなことがほとんど排除されています。実のところ僕ら燐光群でもときどき同じやり方をしているのです。「人と人の間に起きる出来事」が演劇であって、アメリカとイギリスが話していると何が起きるのか、アメリカと中国が話していて「それはおかしいだろう」、「いやそれだけは譲れない」といったようなやりとりがあったことだけを見せる、つまり人と人の間に起きる出来事だけを見せているのです。僕の演劇論として、人と人の間に起きる出来事を見せることこそが演劇の根幹だと思っています。

この劇に関して言えば、リアリズムのキャラクターを作るということをやっているどころではないと英国の出演者たちも言っていました。他にやることがたくさんあるので。つまりこの芝居は通常のリアリズム演技では出来ないということです。この新しい劇ではキャラクターなんて作っている場合ではないという向き合い方で役者は皆演じていました。

英国版の演出が当代きっての名演出家、スティーブン・ダルドリーとジャスティン・マーティンの最強コンビで、彼らが飾り立てるのではなく、このややこしい戯曲を演出しています。この芝居に関しては僕もかなり俳優に委ねるしかないとは思っています。俳優の中できちんと構築されていないと、こう見えるだろうと思って演じても成り立たないと思います。

先ほどまで行っていたリハーサルでは俳優にどのようなことを要求していましたか。

普段からそうなのですが、稽古中にダメなものはダメと言いますが、演技の最終的な決定は役者本人に委ねます。なぜならその後何十回とその役を演じるのに、演出家から決められたことをただ再現するだけというのは嫌だろうと思うからです。それに自分がその役を演じるということを役者に意識してもらうためにもそうしています。それは役作りでは無く、芝居作りの機能だと思っています。

あと、演じるということをアクションと言いますが、演技はアクションではなくどちらかと言えばリアクションで、僕はリアクションの芝居を作って欲しいと思っています。リアルっぽくやるのではなく、演劇ではその人が存在しているだけで、事実の関係性はその人自身を通過するのです。感じることが仕事。そこで俳優が持っている集中力とか注意力とか関心とか、その俳優が何を大切にしているかということが演技に反映されていくのです。僕はそのように俳優に対し、芝居を作っています。

今後、気候変動が進むとこれまで慣れ親しんでいた食べ物もなくなるかもしれないというほどの恐ろしい話だと思うのですが、日本の観客の皆さんにはどこに注目して観てもらいたいですか。

本当に気温上昇は止まるのだろうかという疑問は残っていますが、2015年のCOP21で採択されたパリ協定がある中、それを守れる、守れないはありますが、それでも排出量削減を実現しようとしているという目標を持つことはすごいことですよね。日本ではその意識がちょっと低いと感じています。まあ僕も含め、日本人がまだ知らないことが沢山あって、この芝居を通じて新たに知ったことも多くあるので、ぜひこの機会にCOPのことをもっと知ってもらいたいです。

あと、この芝居のよく書けているところはアメリカについてです。英国の芝居はアメリカ批判のものが多いですよね(笑)。

2024年の6月にRSCの本拠地ストラトフォード=アポン=エイヴォンで開幕した後に、今年に入ってロンドン、ソーホー劇場での上演があったのですが、その間、去年の12月に戯曲が改稿されているのです。改稿版でどこが一番変わったかというとトランプ大統領の影響が反映されている点です。もちろん1997年のCOP3の時にはトランプは大統領ではなかったのですが、改稿版には今のアメリカに対する批判が含まれています。バイデン政権の政策を全て否定しているトランプ政権をこの劇では批判しています。なので、アメリカが行っていることだということが最新版ではすごく明確になっています。

これから観にくるお客さまに今作をより楽しむためのアドバイスをいただけますか。

まずは難しい劇という先入観を持たずに劇場に足を運んでもらいたいです。日本の京都で起きた出来事なのですよ。僕自身も知らないことが多かったくらいで、知らないことはあるとは思うけれどこの芝居を観ることで知ってもらえたら嬉しいなと思っています。

坂手洋二

「KYOTO」

期間: 6月27日(金)―7月13日(日)

劇場: 下北沢ザ・スズナリ

詳しくは燐光群HP: http://rinkogun.com または ℡ 03-3426-6294