ミュージカルや2.5次元、イケメン俳優の舞台が連日エンタメニュースを賑わせる中、日本演劇を将来世界規模で動かしていくかもしれない海外へ向けたプロジェクトが脈々と行われているのをご存知だろうか。演劇のメッカ、ウェストエンドと隣接した場所でオフ・ウェストエンド代表格の劇場として人気を博すチャリングクロス劇場。そんなチャリングクロス劇場と日本の梅田芸術劇場の日英共同制作が始動したのが2019年1月。演出家藤田俊太郎が英国の俳優たちとミュージカル「VIOLET」を創作し約2ヶ月半の公演を見事完遂させ、その後も日本人俳優による日本での凱旋公演を成功に導いた。
この秋、そんな梅田芸術劇場とチャリングクロス劇場の共同プロジェクトの最新作が幕を開ける。今回は日本の若手演劇人の新作書き下ろし作品連続上演企画。2023年の岸田國士戯曲賞受賞者加藤拓也の新作で彼自身が英国の役者たちの演出にあたる「One Small Step」、そして同年の岸田國士戯曲賞で最終候補作品に選ばれた兼島拓也による新作を河井朗が演出する「刺青TATTOOER」の二本がロンドンで英語上演される。
Jstages.comではプレビューを経て10月9日まで上演している「One Small Step」の作者で演出家の加藤拓也とZOOMを繋ぎ、一方で日本の初演を終えたばかりでロンドン公演の準備に余念がない「刺青TATTOOER」演出家河井朗へ、単独インタビューを行った。
まずは秋が深まるロンドンで奮闘中の加藤拓也へ、自身初めてのロンドンでの創作について、そして日本の近未来を舞台に同じ国家プロジェクトに従事している夫婦が子供を持つことに関して本音の意見を交わす「One Small Step」について聞いたインタビューをお届けする。
劇団た組を主宰し、演劇のみならず、映画やテレビの脚本で多方面に活躍している気鋭の作家、演出家の加藤拓也。国内で大忙しの彼が海外でのこの企画に寄せる期待とは。
有名な話として、高校卒業後18歳の時にイタリアに飛んで仕事をしたという経歴をお持ちですが、その時はどんなことをしていたのですか。
18歳の時にロンドン在住の日本人アーティストのミュージックビデオの撮影をするためにイタリアに短期で滞在しました。たまたまですが、今回ロンドンに住むそのアーティストと連絡をとって久しぶりに会ったんです。
昔話ができる人もそれほどいないので、貴重な機会だなと思いながら、お茶をしました。意外と12年前のことはあまり覚えていないものでした。自分の中の記憶が断片的、かつあまりにもはっきりしていなくて、写真を見せてもらっても思い出せないみたいなことが沢山ありました。
若い時に体験した海外の印象はどんなものだったのでしょうか。
あまり覚えていないのですが、今振り返ると、やはりあのイタリアでのゆるさが自分の仕事観に影響を与えているのかなとは思います。
その後、日本へ帰国後は新しい劇作家を探して求めていた演劇界に見出され、瞬く間に多くの人が認める劇作家・演出家となっていったわけですが、今回の日英共同プロジェクトに関わるようになった経緯を教えてください。
コロナ前の2019年に動き始めた企画で、この作品を含め、全部で三本の候補作がありました。イギリスの演出家と組むという作品二本が候補から外れ、僕が演出もするこの「One Small Step」が残ったという流れです。
劇団(劇団た組/takumi)や映画(「ほつれる」は日仏合作でCNCから助成を受けている)でも海外公演や共同製作に取り組み始めているのですが(2023年10月に「綿子はもつれる」の台湾公演)、劇団で海外公演をするのと僕個人で海外プロジェクトに参加するのとでは作品や俳優の選び方、目的など違うところがあります。
One Small Step ロンドン公演 舞台写真
海外で上演することに興味があったのはどういった理由からですか。
それにはいくつかの理由があります。より多くの人に見てもらう為にはどうすればよいのか。よりクオリティの高い作品にする為にはどうすればよいのか。自分の知らないことを知って、新しい作品を作っていく為にはどうすればよいのか。言語や文化の違いが作品を理解する壁だとは思っていませんが、言語の性格は違います。日本語の性格は聞く側に汲み取ることを要求していて、言っていないことを汲み取って話しているし、英語の性格は言っていることを汲み取って話していることが基本です。だから日本語で書いた作品の中にある、汲み取ってもらう物語について英語に変換することに興味がありました。自分は日本人なので例え他の言語でどう書いても、日本人であるアイデンティティを隠すような作品にはなりませんし、そうしたいとも思いません。自分が思う作品を作り続けていければよいかと思います。
自分が関わってきたことのないような俳優たちと一緒に作品を作っていくということにも面白さがあります。台詞やストーリーに対して自分にはない視点と感覚で挑んでくれます。そのことでこれまでにない登場人物が生まれたり、関係性が現れたりして、それはそれで面白いです。だからといって日本での稽古のやり方と変えているところはありません。
数年前から英国との作品作りをデベロップするために渡英を繰り返していたそうですが、その時はどのようなことをしたのですか。
劇団の作品作りと同じです。いきなり上演するわけではなくて、本を書いて、ワークショップや本読み、フィードバックを繰り返すという過程があって上演に至るので、それと同じことがイギリスで行われたという感じです。こちらの方が回数や期間は長いですが。
ほかにも個人的な興味として俳優やスタッフに演劇産業の事情や抱えている問題をインタビューしたことはありましたけど、それはデベロップメントとは関係なくて、上演作品にも反映されていません。
加藤さんならではという意味で言うと、どこが見どころとなるのでしょうか。
比べる対象がぼんやりと大きい英国演劇だと、うまく比較はできませんが、物語のストラクチャーは違うと思います。また、言語的な話は先ほど出た通りで、会話から言っていないことを汲み取らなければいけないという演劇というところでしょうか。それはストレスかもしれないし、わからないとなるかもしれません。しかしそこが見どころとなるわけではなく、作品そのものを見て、結果的にそこが面白いと感じてもらえたなら良かったと思います。
今回の「One Small Step」*は実在の女友達から出産かキャリアか悩んでいると相談されたことに端を発して書かれたということですが、私も同様の悩みを聞いたことがあり、その二つが選択肢として並ぶことにショックを受けました。
英国の人にも伺いましたが、妊娠、出産を経験した後に以前と同じポジションに戻るということを全員ができる世の中ではありません。社会や個人としてそれらを理解し、可能な環境にしていると言っていますが、実際の所はそうはなっていないということがあります。それを自分の周りにいないからといって、無いことにしている人が多いと感じています。出産したことで元の役ができなくなると困るので隠しているという俳優がいたり、実際元のポジションに戻れないスタッフがいたり、そんな話はまだまだあります。戻れないこと以上に戻れると言い張って、理解しているフリをしている社会や周りが問題です。
ロンドンでも日本でも作品作りのアプローチは変わらないということですが、ロンドンでの作品作りを経験して、何か日本に持ち帰りたいことはありますか。
演劇を作っていくというもっと大きな枠組に対して良い経験になりました。こちらの方が仕事上の連携はとても合理的で、その点は日本でも取り入れた方が良いのではと思います。リハーサルが始まってからのプロダクションミーティングの回数や期間、劇場に入ってからのミーティングの方法などが違います。
プレビューからプレスナイトまで、どうしたら作品がより良くなるのかということをきちんと劇場の中で試行錯誤を繰り返します。劇場は単に上演するだけの場所ではなく、作るための場所でもあるということを実践しています。
現地の俳優やスタッフさんと一緒に働いて感じたこと、思ったことは。
そもそも彼らは感情表現の仕方が違います。苦しくなるシーンを読んだり稽古したあとは突然踊ったり歌ったりします。リフレッシュする為です。日本だとあんまり考えられないです。少なくとも僕が日本で関わった俳優達は踊りませんでした。あと働いているという意識が、高いと思います。
加藤さんは世界で混ざっていくことには積極的であるということでしょうか。
いくら混ざっても自分が自分であることに変わりはないので特に考えていません。例えばこれから他の国で作品を作っていったとしても、作品の中で日本語だけでも、数カ国語喋ってもなんでも良いのですが、自分のアイデンティティがどこにあるのか自分で決めれば良いと思います。
最後に舞台を観に来てくれる人たちにメッセージをお願いします。
この作品の舞台は日本の近未来、2040年ぐらいの月に人類が引っ越せそうな時代設定です。実際に月に人類が住み始めるのが2040年代と言われていて、SFではなくすごくあり得るできごとだと思って取り組んでいる設定です。そんな時代のとても個人的な物語なのに、平等ではなく公平、そしてその先を想像する普遍的な物語になっています。是非観に来てください。
「One Small Step」ロンドン公演 舞台写真
「One Small Step」:10月9日(水)まで英国ロンドンのチャリングクロス劇場で上演中。
詳しくは:https://www.umegei.com/schedule/1215/index.html
または
https://charingcrosstheatre.co.uk/theatre/one-small-step
*近未来のとある夫婦の物語。二人は大手ゼネコンで人類の月への移住計画という大プロジェクトで働いている。月に生まれる新しい街で理想の人類の暮らしが始まる。スタッフとして、また先駆者として月へ移住する準備を始めている二人に、ある問題が発覚する。それぞれの立場で悩みを抱える夫婦は、徐々に互いの不平不満が募り…。
観客を月と地球の異空間に誘いながら、生命の誕生という人智を超えた領域に直面した時浮き彫りになる男女のテーマや人類が向かうその先を切り口に、鋭い台詞劇が描かれます。