
三浦基 京都 アトリエ・アンダースローにて
東京で活動していた三浦基率いる劇団「地点」が京都へ拠点を移したのが2005年。その後活動ベースとなるアトリエ「アンダースロー」を2013年に開場し、関西演劇シーンのみならず日本、そして世界でかけがえのない演劇創作集団として他に類を見ない“地点様式”の作品を発表し続けている。
多くの場合、原作戯曲・小説を三浦が脱構築、再編し、新たな作品への視点を提案するという作風で常に観客の目を開かせてきた「地点」は早くから三浦が留学していた(1999年から2年間)フランスを始め、ロシア、ヨーロッパでの海外公演を展開。2012年には英国、ロンドン・グローブ座からの依頼で世界のシェイクスピア舞台が集まった「ワールド・シェイクスピア・フェスティバル」の一環として「コリオレイナス」を上演した。そこでは人を殺す剣ではなくフランスパンを腰にさした武将コリオレイナスが空回りしながら民衆に見限られる姿を笑いをもって描いた舞台で喝采を浴びた。
近年ではロックバンド「空間現代」の変則展開を繰り返す音楽のライブ演奏が加わることも多く、ますます唯一無二の存在として充実期を迎えている「地点」の代表三浦基に20年を迎えた京都での活動について、2025年に立て続けに発表された新作発表の状況、さらに年明けに3度目の公演が控えているロンドンでの上演に関して、ミハイル・ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」の上演前の時間をいただき、10月初旬、京都のアトリエ「アンダースロー」で話を聞いた。

「巨匠とマルガリータ」舞台写真
「マクベス(5~6月)」「巨匠とマルガリータ(9~10月)」「三文オペラ・歌舞伎町の絞首台(12月)」とこのところ大作の新作上演が続いています。コロナで一旦の停滞があった後で精力的に新作を発表しているように感じます。
もちろんコロナ禍でさまざまな影響は受けましたが、地点の活動自体はこの京都のアトリエ(劇場)で出来る範囲で続けていました。海外展開に関してもぼちぼち進めていたので、地味な活動ではありましたが計画していたことはコロナ期間中も止めずに進めてきました。
とは言え、その間、新作のために本を読んだりする時間がとれたこともあり、そのなかに上演に至った「マクベス」や「巨匠とマルガリータ」があったというのも確かですし、来年以降に展開していこうと思っている候補もまだいくつかあるという状況です。常に3〜4作品は自分の中で制作候補として溜めていて、タイミングがあえばとは考えています。海外からのオファー、また今回の「三文オペラ・歌舞伎町の絞首台」がそうなのですが外部からのお誘いによる委託創作と常に数本を同時に準備しながら年間スケジュールを組んでいます。
三浦さんが題材(原作本)を選んで舞台作品へとしていく流れはどのようになっているのですか。
常に10本ぐらいは“いつかやりたい”と言いながら実現していない候補が手元にあります。向こう3年ぐらいの大まかな計画としてこんなものをやっていこうと決めているので、10作品ぐらいは宿題のように本棚に並んでいる状態です。そこから実際来年実行するとなった時に、本格的にプランを練って本読みなどを進めていきます。題材選びに関しては、基本的にはこれまで関わりのあった学者の方とか、プロデューサーの方とか、海外の劇場の方とかの間で話題に上るような作品が候補となっていきます。私個人が“絶対これをやりたい”と提案するようなケースは太宰治作品*以外はほとんどありません。
海外で仕事を続けている中で気づいたことですが、海外の劇場でかかっている演目、劇場のレパートリー作品は似たり寄ったりのものが多いということです。それら、シェイクスピアや古典戯曲の舞台を観る機会が多いことで、私なりのリサーチをしているということも題材選びに関わっているのかもしれません。
*太宰治の小説を舞台化した作品として「お伽草紙/戯曲」(2010,2012)、「トカトントンと」(2012,2013)、「駈込ミ訴へ」(2013)、「グッド・バイ」(2018,2020,2021,2024)がある。
その中でもロシア文学の舞台化が多いのには理由があるのでしょうか。
もともとがチェーホフで評価を得た演出家ですので**、その意味では以前からロシアの作品は手がけてきました。今回「巨匠とマルガリータ」を舞台化して思ったのですが、ロシア文学は層が厚いので演劇になりやすいと思っています。その意味では他のヨーロッパの国より劇の題材となるようなものが多いのではないでしょうか。

「巨匠とマルガリータ」舞台写真
事実、チェーホフはもちろんのこと、ドストエフスキーの小説などの多くが舞台になっていますし、その他にもトルストイ、ブルガーコフなどは常にロシアでは舞台の演目として上演されています。それで言うと、ヨーロッパではブレヒト、そしてヨン・フォッセなどが多く上演されていますね。
例えば、ヨーロッパの音楽家だとしたら“この曲は弾けなければならない”といったようなものがあって、バッハが好きであろうがベートーヴェンが好きであろうが両方ともやることになるのだと思います。それと同様に、演劇でも自然とやるべきリストというのがあって、演出家として自分の好みというよりもまずは必然的にやらなければならない演目というのがあるのだと思います。その作品群の中で自分の好みを出していく結果が成功したり、時に失敗したりするのでしょう。僕の場合、例外として松原俊太郎さんへの戯曲委託作品***、今回の「三文オペラ・歌舞伎町の絞首台」のミュージカル舞台というものがあります。
**2005年、チェーホフの『かもめ』で利賀演出家コンクール優秀賞受賞。2007年、チェーホフ『桜の園』で文化庁芸術祭新人賞受賞。2011年にはロシア、モスクワ、メイエルホリド・センターでチェーホフ『桜の園/ワーニャ伯父さん』を上演している。
***松原俊太郎作品は「みちゆき(2016)」、「忘れる日本人(2017,2018,2019)」、「正面に気をつけろ(2018,2019,2020)」、「山山(2018)」、「君の庭(2020)」がある。

「巨匠とマルガリータ」舞台写真
そんなやるべき戯曲であるシェイクスピアの中では「コリオレイナス(2012/13/14)」「ロミオとジュリエット(2017)」「マクベス(2025)」を選ばれています。シェイクスピアの言葉の戯曲を地点スタイルで再構築して上演する際に留意していることはありますか。
2019年にハイナー・ミュラーの「ハムレットマシーン」を上演しているので、ハムレットも少しかじっていますかね。でも全体的には少ないですかね。シェイクスピアは来年以降も展開していく予定ではあります。
例えば、「巨匠とマルガリータ」になると100年ぐらい前の作品なので、今とそれほど感覚としては変わらないのですが、シェイクスピアは400年ぐらい前に書かれていて、その分普遍性が高いと思っています。一方で、時代劇のような、今とは少し価値観が違っているところもあります。その意味でも、言葉に関しては我々にとって距離感があるので、やりがいがある仕事ではあります。
先日の「マクベス」はうまくいった実感があるので、シェイクスピアをもう少しやってみようかなという気持ちになっているところです。
シェイクスピアを上演する際のアプローチに関してはその時々の個人的な思い、自分の興味、関心ごとを作品に反映させてそこから作っていきます。特に「マクベス」の場合、2026年1月に行くモルドバ共和国の国立劇場芸術監督アレクサンドル・グレク氏が僕に演出を依頼したいとなった際に、日本のものでも良いが誰もが知っている古典戯曲でも良いのではとなりシェイクスピアをという流れになりました。どれにしようかとなり、僕が直感で「マクベス」をと言うと、アレクサンドルさんが「今の情勢にピッタリだ」とおっしゃったんです。
「マクベス」はイングランドと戦争をする話ですが、モルドバは旧ソ連領の、独立して間もない小国であることから自分達に引きつけてとてもアクチュアルな話として「マクベス」を観ることができるのではないかと考えました。日本で作品を創作している時も、モルドバや旧ソ連について、EUやNATO軍のことを念頭に置きながら創作をしました。それらは上演テキストを構成する際には当然のこととして影響したと思います。

「マクベス」舞台写真
個人的な体験や個人の実感がもととなるので出来上がったテキストは論理的にできているわけではありません。そうして出来上がったものはうまくいくケースと、少し自分の思いが先行してしまうケースがあると思うのですが、「マクベス」に関しては良いバランスで出来たかなと思っています。
シェイクスピアが400年前に書きつけた言葉が今の観客に伝わる、単に昔のお話ではなくて、例えば“人間はそれほど変わっていないな”と思わせる普遍性を持つのと同時に、シェイクスピアの時代も人々は我々と同じような問題を抱えていて、その意味で現代社会は全く進歩していないのだと気づかせてくれます。劇を観ている観客はこの場合自分だったらどんな決断をするだろうかと考えるようになるのです。シェイクスピアはそんな許容範囲がとても広い作家だと思います。
「マクベス」に関して言えば、局面が目まぐるしく変化していく中で、次々と陰謀が繰り返されるストーリーはフィクションとして面白い一方で、気がつくと、あのような暴君は今ここにも居るぞという感覚をすごく抱かせてくれます。そこで、当時のグローブ座の客席に自分がタイムスリップしたような、そこで気分を高揚させながら舞台を観ているような気持ちにさせてくれる戯曲です。
登場人物たちがよく「天よ」と空に向かって言うのですが、それが普遍性と関わっているのかもしれません。


「マクベス」舞台写真
2012年のロンドン・グローブ座での「コリオレイナス」に次いで2024年3月にロンドンのコロネット劇場で太宰治の「グッド・バイ」を上演し好評を博しました。現地の反応はいかがでしたか。

「グッド・バイ」舞台写真 ロンドン、コロネット劇場
まず、空間現代の生演奏がついた作品を持っていくというのがコロネット劇場芸術監督のアンダ・ウィンターズさんと地点との合意点でした。劇場としてはライブ感があってコンテンポラリーなものを上演したいという希望があったのです。
それ以外には細かい注文はなかったので、それでは思い切って日本文学作品、太宰治の「グッド・バイ」にしようということになりました。太宰の小説は英語翻訳されているのですが、三島由紀夫ほど有名ではないので事前に作戦を練って、ロンドンの国際交流基金のオンライントークイベントで紹介してもらったりもしました。それにしてもですが、驚くほど反応が大きかったのです。
なぜなのかと思っていたのですが、アニメの「文豪ストレイドッグス」の人気のお陰だとわかりました。そのアニメから若者たちも太宰治のことを知っていたんです。そんな日本文学好きの若い人たちが集まって、その盛り上がりのおかげでアフタートークも大盛況でこちらの方がびっくりしたくらいです。そのトークでは日本人の作家の自殺率が高いことや太宰のコンプレックスの源などを丁寧に説明したのですが、皆熱心に耳を傾けていましたね。


「グッド・バイ」舞台写真 ロンドン、コロネット劇場
今回、2026年2月には同じくコロネット劇場でドストエフスキーの「ギャンブラー」を上演します。

「グッド・バイ」の成功を経てまた戻って来てほしいと言われ、前回も候補にあがっていた「ギャンブラー」をということになりました。空間現代の生演奏も続けた方が良いだろうという思いもあって演目を決めました。
「ギャンブラー」はイギリス人やフランス人、ヨーロッパ人の登場人物が結構出てきます。2022年初演時のツアーでフランス、エヴルーで上演したのですが、その時もすごく評判が良かったです。ドストエフスキーは世界中の人が読む世界の文豪で、その難しさにも関わらず多くの人々に読まれている作家なのですが、ドストエフスキーの中でも「ギャンブラー」は中編で非常に読み易く、ちょっとサブカルなのです。そういったところがヨーロッパに人たちには安心感を持って受け入れられ、さらにそれぞれの国、イギリスやフランスの人物が滑稽に描かれているところを笑い飛ばすことが出来るのではないでしょうか。そんなことをフランス公演で感じたので、今回もロンドンでは登場人物たちに日本とは違った感情移入の仕方を持って観られるのだろうと思っています。なので、その辺をどういじるか、ちょっと仕掛けようかなとは思っています。


「ギャンブラー」舞台写真
「地点」の拠点アンダースローについてはどう思っていますか。
地点の脳みそとして、ここで作ったものを世界に発信していくという場所です。あとここでロングランしているものを京都に限らず全国世界から観に来ていただく場所として機能していると思うので、ライフワークとして、とにかくこの場所を潰さないで維持していこうと思っています。
さらに言えば、タッパウェイという劇場に隣接したカフェ・レストランを運営しているのですが、そこで終演後にさまざまな人々、観客のお客様とかと濃密なコミュニケーションが取れているというのが大きいですね。
京都は学生の街なので、そんな学生さんたちが気軽に立ち寄ってタッパウェイの常連客になってくれています。タッパウェイで交流して、そんな彼らがアンダースローにも通ってくれて、徐々に地元に根付いてきているなと感じています。

アトリエ・アンダースローに隣接しているカフェ・レストラン「タッパウェイ」
Photo courtesy of CHITEN
最新作「三文オペラ・歌舞伎町の絞首台」について教えてください。
オペラの演出はしたことがあるのですが、今回の「三文オペラ」のように芝居と歌が半々のような、いわゆるミュージカルを演出するのは初めてなので楽しみにしています。集まってくれたキャスト、スタッフの方々が実力のある方ばかりなので僕自身にとって良い刺激になるのではと思っています。歌舞伎町の真ん中にあるプロレスとかをやっている場所で、加藤ちかさんの美術で刺激的な会場になると思います。他にもシャンパンサービス付の貴賓席を設置して本物のホストさんが接客したり、とまさに上演場所、歌舞伎町にぴったりの舞台になる予定です。全力でエンタメの舞台にします!
「三文オペラ・歌舞伎町の絞首台」
日程:2025年12月17日(水)〜21日(日)/5日間6公演
(20日公演のみ昼夜2回公演)
会場:東京・新宿歌舞伎町 SHINJUKU FACE
詳細: https://www.sanmon-opera.com/

この「三文オペラ・歌舞伎町の絞首台」の開幕に先がけ、一部出演者たち、娼婦ジェニーを演じる秋吉久美子、シャンソン歌手で悪党メッキース役の聖児セミョーノフ、そしてメッキースの若妻ポリー役のもも(チャラン・ポ・ランタン)による記者会見が行われた。
ドイツを代表する劇作家ベルトルト・ブレヒト、そして作曲家クルト・ヴァイルによる音楽劇で1928年の初演以来、各国で上演されている「三文オペラ」を今回はそのタイトル通りに設定を新宿・歌舞伎町へ移して、新たな解釈で上演すると言うことだ。
****記者会見でのコメント(抜粋) ******
秋吉久美子は『全体主義や戦争や格差が蔓延る100年前の作品ですが、今の時代とも被る作品だと思いますね。私も、(稽古を重ねて)ここまできちゃったんで頑張ります!』と意欲を見せた。
一方、聖児セミョーノフは舞台については『年末に歌舞伎町というロケーションで、底辺で暮らすような悪の存在たちがいきいきと生きおおせる、エネルギーが感じられる、爽快感のある舞台にしたいです!』と意気込んだ。
ももは世界中でファンが多いヴァイルの音楽について『クルト・ヴァイルがつくった音楽はとても「ヘンテコ」だけれども魅力的なんです。ただ難しい!曲をいただいたときに歌えるのかなと思ったくらい』と正直な感想を述べていた。

左から 湯山玲子(進行)、秋吉久美子、聖児セミョーノフ、もも (チャラン・ポ・ランタン)
