
“ミュージカルと言えば”と尋ねられ、この作品を挙げる人は多いのではないだろうか。1975年にマイケル・ベネット原案・振付、演出によりオフ・ブロードウェイで幕を開けた「コーラスライン」。トニー賞を9部門で受賞し、その後1985年にはリチャード・アッテンボロー監督のもと、マイケル・ダグラス主演で映画化され、世界中にそのファン層を広げた歴史的ヒットミュージカルだ。
ブロードウェイの新作ミュージカルでのコーラスダンサーを選ぶオーディション。そこで最終選考に残った17人は、演出家でありショーの出演者8人を選び出す人物であるザックから自分について話すことを課せられる。
このザック、ベネット版では観客席後方の暗闇から「神の声」である指示を出しながら、舞台上にその姿を現すことはなかったのだが、今回のニコライ・フォスター演出の新バージョンでは舞台隅に演出家の机を置き、時に候補者との距離をつめながら、彼らと真っ向から向き合い、人間らしい迷いも見せながら合格者を選ぶという難題に挑む姿勢を見せている。
この演出家ザックを演じるのが「SINGIN‘IN THE RAIN~雨に唄えば~」で日本中をハッピーにし、「レイディマクベス」で悩めるマクベス将軍を演じ、日本でもすっかりお馴染みの英国人ダンサー、俳優、振付家のアダム・クーパー。2024年英国ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場公演ではこの新しい、今の時代に即してソフトになった演出家の変化は自然な成り行きとして受け入れられ、結果、批評の星を量産した。そんな話題作がこの秋、早くも日本で幕を開ける。

Jstages.comはガラコンサート出演のために来日していたアダム・クーパーにインタビューを敢行、秋にやって来る「コーラスライン」についての話を聞いた。
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今回の「コーラスライン」がこれまでのようなリバイバル(再演)ではなく、新バージョンだということはいつ知りましたか。
ザック役のオファーをいただいた時に、新しいバージョンを作るのだということを初めて知りました。誰もが知る、“あの”「コーラスライン」を新演出で上演するというので、ワクワクしました。と言うのも、2013年にオリジナルのリバイバル舞台を観たのですが、正直ちょっと古い感じがしてそれほど心が動かされなかったからです。演出のニコライ・フォスターはもともとあった作品を新しく作り変えることに定評がありましたので、今が改訂するのに適したタイミングなのだと思います。それにしても、新しいバージョン創作の許可が出たことには驚きました。
新バージョンではオリジナルからどんなところが変化したと感じますか。
物語は70年代のショービジネス界の話ですので振付のエッセンスは当時を彷彿させるものになっていますがマイケル・ベネットに敬意を示しつつ、非常にエネルギッシュな振付になっています。そして現代のダンサーたちが踊ることで、必然的に踊りも見え方が変化していると思いますし、演出も含め全ての面でアップデートされていると思います。
これほどまで長く愛され続けてきたミュージカル「コーラスライン」の魅力はどこにあると思いますか。
人々がこのミュージカルが好きな理由はこの作品がショービジネスに関するリアルな物語、役者たちの舞台裏を描いているからだと思います。
マイケル・ベネットが実際にダンサーたちに取材をして聞いた実話に基づいていることもあり、そこにいる人たちのリアルな声が人々に伝わるのも魅力です。
時に見続けるのが苦しくなるほど感情に訴えかける作品で、最初から最後までハッピーなミュージカルとは一味違うというのも特別な点です。今日でも他に例を見ないほどユニークな作品であることは明らかで、そこが1970年代から変わらず多くの人々の心を掴んできた理由なのではないでしょうか。
1970年当時はハラスメントと言う概念もあまり浸透していなかったと思いますが、その点でザックのキャラクターが今の状況に合わせて変わっているところはありますか。
ある意味ではその点は変わっていないと思います。なぜならザックのハラスメントまがいの言動はザック自身の性質で、彼は残酷なキャラクターだからです。一方で、彼は200人の候補者から何人かを選ばなければならないというとても大きなプレッシャーを抱えているからこそ短気になってしまうということもあるのだと思います。彼の仕事がいかに大変であるかは容易に想像ができますし、私がその立場だったら彼のように常軌を逸したりしないとは思いますが、彼の場合はそこで癇癪を起こしてしまうのです。
そんな中、私が彼のしたことで嫌だなと思ったのはキャシーを槍玉にあげたことです。大勢の人の前での彼のキャシーに対する態度は本当にひどい。彼女の輝かしいキャリアからしたら彼女はコーラスにいるべきではないのに、彼女はプライドを捨てて仕事をとるためにオーディションに参加しています。その点で彼はキャシーの扱いをうまくやれていないのではと感じます。
脚本に忠実にやることを重視するという意味でも、ザック自身の残酷な性質というのはそのまま残していますが、今回の演出では彼のそのほかの面、彼の中にある多くのことを見ることができます。オリジナルバージョンでは見ることができなかったザックの表情、オーディションを受けている若者たちに対する態度というものを見ることができます。なぜなら私が演じるザックは舞台で座りながら、若者たちの目の前で、彼らが描く将来についての話を聞いているからです。そこでの私は単なるモンスターではない、もっと人間らしい向き合い方を見せています。候補者たちとの関係性からショーにとって必要な人材、才能を発掘しようと試みています。彼は若者たちと話すことで、彼自身が無名の時代にオーディションを受けていた時を思い出しているのです。そんな人間らしい関係性を見せることができるのは嬉しいことです。

英国でのインタビューの中で振付けのエレン・ケーンを讃えていましたが、どんな点で素晴らしいのでしょうか。
マイケル・ベネットのオリジナル振付を継ぐなんて、本当に勇気のいる仕事だと思いますが、彼女は本当に素晴らしい仕事をしたと思っています。それも大掛かりな舞台の中で、彼女は見事にストーリーに沿った、つまり一つ一つの動きが話、そしてキャラクターに適したものになっているのです。特に私が好きなのは椅子を効果的に使った“モンタージュ”のシーンです。
ダンサーとして歩まれてきたアダムさんがダンサー役の人たちに感情移入するところはありますか。
そうですね、まず、私は自分のことをとてもラッキーだったと思っています。と言うのも、小さい頃から兄と一緒に踊ったり、演じたりしてきて、その意味ではコーラスラインの若者たちのように大変だったことや劇的なエピソードといったものは思い当たらないからです。
映画・舞台で大ヒットした「ビリー・エリオット(リトルダンサー)」のモデルとなった人物がロイヤルバレエでの私の元同僚で、そのように、知り合いの中にはとても苦労した人たちがいることは知っています。ですが、私はそのようなこともなくとてもラッキーなのだと感じています。
「コーラスライン」の中ではマイクと似たような環境だったかもしれません。マイクはお姉さんがダンスレッスンを受けていたのがきっかけで踊り始めたのですが、私の場合はそれが兄でした。
アダムさん自身も多くの候補者から数人を選ぶというようなご経験はありますか。また、「コーラスライン」のように候補者の話を聞くような経験はありましたか。
幸か不幸か、ほとんどのオーディションでは一人一人に人生を語ってもらうような時間はとれません。「コーラスライン」では丸一日かけてオーディションを行なっていますが、昨今のオーディションのスケジュールとしては、午前中にダンス、歌唱、演技を行なってもらい、その1〜1時間半後には結果を伝えるというのが普通です。もちろん時間をかけて一人一人と話をしてというのは理想ではありますが、現実には不可能です。
そこで私がよく取る方法として、狭い業界ではありますので、その候補者と仕事をしたことのある人に候補者について、その人物の仕事ぶりについて聞くということをします。なぜならオーディションの短い時間だけでその人物を判断したくないからです。
オーディションというのはちょっと特殊なものです。調子が良い日もあれば悪い日もありますし、本来の自分を出せない場合もありますので、できる限り自分の身の回りにある関係を使ってその人のことを知るようにしています。
今回の新バージョンに対しての英国での反応を教えてもらえますか。オリジナル版のファンの方も多く観に来ていたと思うのですが、彼らからはどんな反応がありましたか。
嬉しいことに、圧倒的に好意的受け止められていたと思います。客席にはこれまで「コーラスライン」を観たことがある人もない人も混在していましたが、多くの人が感動したと言っていました。古くから「コーラスライン」を観てきた人たちには今回は新しいバージョンということで不安もあったと思いますが、観劇した多くの人たちがこの舞台の出来に驚いていましたし、これがあるべき姿なのではないかと言ってもらえました。
ニコライ・フォスターさんから役に関しての要望などはありましたか。フォスターさんとの創作はどのようなものでしたか。
彼からの要望というよりも、私たちは一緒に作っていったという感じです。私は私のアイディアを持ち込んで、彼も彼の意見を出すというように作っていきました。
役についての細かいリクエストと言うよりも、とにかくザックが舞台上にいることを重要視していましたね。私がザックとしてステージ上にいることで、リハーサルをしながら話し合い一緒にザックのキャラクターを見つけていきました。
ニコライはとても穏やかな演出家です。彼は威圧的なところは全くありません。毎回、私の意見を聞いてくれて、とてもチャーミングで一緒に働くのが楽しい演出家です。
人の意見を聞く態度は私だけでなく誰に対してもそうで、稽古場では常にディスカッションが行われていました。
今ではそのような民主的な稽古場が増えてきていますが、全てがそうというわけではありません。古いタイプの独裁的な演出家は今でもそのままということも多いです。
もちろん最終的な決断は演出家がするのですが。私は民主的な現場、みんなが意見を出して楽しく創作するのが良い結果を生み出すのだと確信しています。
先ほども話の中でおっしゃっていたように、“オーディション”というのは特殊な場所です。この50年間の間にそのオーディションのやり方、中身は変わってきているのでしょうか。
大きく変わっています。大掛かりなダンスのオーディションではある決まった方法で行うしか方法はありません。大人数からスタートして、徐々に数を絞っていき、探している人材を見つけていきます。パフォーマーとしては“選ばれないこと”に慣れていくしかないのです。とは言え、昨今ではその結果の告げ方には気を配ったやり方が採られています。かつてはオーディションに落ちてもめげないタフさが求められていましたが、多様性が重視される今日では、同じ言葉でも傷つく人と気にしない人がいるということで、選ぶ側にはその気遣いが求められています。繊細な傷つきやすい人はこの業界にいるべきではない、などということは今は認められないのです。繊細がゆえに素晴らしい表現をする人もいますから。こういった変化は必要だから起こったのだと思います。
多様性が広く認知されてきていることは兎にも角にも良いことです。男、女、肌の色、国籍の違い、これらのことにはオープンでなければなりません。どんな人も選択肢に含めることは必須です。一方で、かつてはこの役にはある特定の特徴を持った人たちを、と決まっていた配役に誰でもが含まれるとなった今日ではキャスティングは本当に大変な仕事になってきています。数ヶ月前にロンドンにいるキャスティング担当の人と話しをする機会があったのですが、彼女曰く、20年ほど前だったら一つの役の募集に対し300~400の申し込みがあったところ、今は3,000~4,000の申し込みが来るということでした。そのように、色々な面でかつてないほど複雑になってきているのが現状です。

客席の人たちのほとんどが候補者のようなタフな経験はしたことはないと思いますが、観客にはこの作品からどのようなことを感じてもらいたいですか。
ショービジネスがいかにタフなものか、作品から感じ取ってもらいたいですね。オーディションでは何が起きてもそれに対処しなければならないのですから。でも、一方で、そこには驚きがあり、人情があるということも知って欲しいです。ザックが最後のスピーチで「みんな本当に素晴らしかった。…全員を合格にしたいところだ」と話します。他のシーンでは次、はい次、と機械的に候補者に接しているところ、ここでは彼のもう一つの顔、繊細なところを見せています。ビジネスなのでタフではあるのですが、そこには大きなやりがいがあるということ、大変ではあるもののオーディションを経験するのは価値があるというところも見てほしいです。実際、オーディション、そしてパフォーマンスをすることは常習癖になるものです。彼らは他の何かをやることは考えていないですし、苛酷なオーディションを含めて、それが彼らの生活なのです。一度舞台に立てばわかると思いますが、舞台に立つこと、そのために努力をすることと同じ喜びを他のことで得ることは出来ません。
なぜザックは一人一人の話を聞くという方法をとったのだと思いますか。
彼は候補者の何人かについては、以前に働いたことがあって知っていたのだと思いますが、彼が創作しているそのショーにはダンスだけでなく、その人物のキャラクターが重要であるからだと推測します。さらに言えば、そこにパワーゲームの要素も含まれていたかもしれません。正直、彼が他の大勢の人の前で個人的なストーリーを要求するのはちょっとやり過ぎであるとは思います。なので、彼の存在、立場を示すという意図もあったのかもしれません。彼の質問で大いに動揺する人もいると思いますが、彼はそんな反応も見ていたのかもしれませんね、ひどい話です。
作品の中でも語られていますが、誰も彼ら(パフォーマー)の将来を見通すことは出来ませんし、そこに何の保証もありません。ショービジネス界の先輩として彼らにどんな言葉をかけたいですか。
悲観的な見地から未来に何の保証もないと言うこともできますが、残念ながらそれは真実なのだと思います。フリーランスの場合は何の保証もありませんし、それが残酷な事実だと思います。ですが、それが理にかなった真実で、そこから逃げ出すことは出来ません。
あなた自身将来に挑戦してみたいことはありますか。
演技をして、ダンス、演出、振付けをして、最近はパフォーマーたちのエージェントも立ち上げました。これまで通りにこれらを続けていきたいですね。今でもすでに超多忙で、他のことをやる時間はありませんよ。(笑)
最後にこの作品について、観るべきポイントを教えて下さい。
心動かされる、とても刺激的な作品になっています。これまで見た事のないような新鮮でヴィヴィッドな舞台となっていますのでぜひ劇場でご覧ください。



「コーラスライン」
2025年9月8日(月)〜22日(月)
東京建物Brillia Hall (池袋/東京)
2025年9月27(土),28日(日)
仙台サンプラザホール(仙台/宮城)
2025年10月2日(木)〜6日(月)
梅田芸術劇場メインホール(梅田/大阪)
2025年10月10日(金)〜19日(日)
シアターH(品川/東京)