
(左)演出:益山貴司(右)俳優:坂口涼太郎
『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞(2021年)を受賞した山本卓卓(すぐる)の新作、人を助けることを生業としたヒーローたちの本音がこぼれ落ちる近未来SF劇、音楽劇「愛と正義」がKAAT神奈川芸術劇場<中スタジオ>で幕を開ける。
使命である人助けに限界を感じ始めているヒーロー、そのヒーローの運命を予知する妻、そしてヒーローと戦う悪(人)といった人々が入り乱れる世界。そんな奇想天外なものがたりの演出を担うのは17年続いた劇団子供距人の解散後、昨年新たにオルタナティブ演劇チーム「焚きびび」を立ち上げた益山貴司。
5人の俳優たち(一色洋平、山口乃々華、福原冠、入手杏奈、坂口涼太郎)は音楽劇ということで演劇、ダンス、映画やCMと幅広く楽曲を提供しているイガキアキコのオリジナル曲の歌唱、そしてインターナショナルな活躍をみせる黒田育世による振付のダンス、と賑やかにステージで躍動する。そんな中、唯一無二の存在感でテレビ、映画、舞台と多方面から注目を集める役者、坂口涼太郎は人間の二面性を抱え顕す二つの役(ウチ/アク)を演じる。
今回、Jstages.comはお互いに気になる存在だったとは言え舞台創作の場では初顔合わせという演出の益山とものがたりのキーとなる二役を演じる坂口に自身にとっての愛とは、正義とは、そして劇作家山本が問いかける“愛と正義”について聞いてみた。
お二人とも関西のご出身ですが、以前から交流はあったのですか?
益山: 10年近く前に僕がドラマに役者として出演した時、その収録現場に涼太郎君がいたんです。めちゃくちゃ面白い奴がいるなと思ったのが最初でした。彼はちょっと狂気じみた役をやっていたのですが、その瞬発力たるやもの凄くて、カメラが回る前はおっとりとしゃべっていたのに回り始めた瞬間、ワ〜〜〜ッとなって、“え?この人おもろ!!”と思いました。
お二人は山本卓卓さんの新作「愛と正義」をどう読みましたか。
益山:(山本)卓卓君とは演出すると決まった後、意見交換の場を持ちました。「愛と正義」というタイトルを聞くと昭和の響きを感じるのですが、一方で、こうやってまだ戦争が終わらない世の中を見ていて、改めて“愛と正義”という言葉が現代性を帯びて響いてくるなとすごく思いました。
坂口: 今回、卓卓さんから手紙をいただきました。そこには「子供の頃から仮面ライダーなどのヒーローもの、戦隊ものが好きで、いつかヒーローものをやりたいと思い続けていた」ということが書かれていて、さらに「今回はそのヒーローものなのですが、坂口さんに演じてもらいたいのは悪役なんです。ごめんなさい」とありました。
私は小さい頃にヒーローものを見て、どちらかと言えば悪役の方に感情移入することが多かったんです。なぜあの人たちは毎回出てきてはやっつけられて、を繰り返しているのか、その健気さが気になって仕方がなかったんです。何回やられ続けても諦めない、それほどのエネルギーがあるのは、彼らには彼らの理由が、正義があるのかもしれないと思っていました。
おそらく、大抵のものがたりは主人公であるヒーローに感情移入するように作られているのでしょう。でも、立場が逆になれば悪役を応援したくなるのではないか、ある意味どちらも正義であるのだろうと子供心に思ったんです。
悪役はその見た目も含めて、演じるのが面白いと思います。その意味でも、今回悪役でラッキーだと思っています。
返信で、自分は“悪”としての悪役はやりたくない、悪役にもその人なりの正義があってあえてそうしているのだという解釈で役をやりたいと書きました。
益山: 卓卓君にどうですかと聞かれて彼に提案したのは、もっとド派手にやって構わないということです。地球割れて爆発!ぐらい(笑)、どんどん書いてと煽りました。舞台でどう表現するか(演出)については僕に任せてもらって良いので、まずは愛と正義という壮大な世界、それは風呂敷と言えるのかもしれませんが、どんどん広げて欲しいと言いました。卓卓君は自分のことを“詩人だ”と言っていて、僕も彼は詩のように戯曲を書く人だと思っています。
先ほど涼太郎君が言っていたように、今回の戯曲には“愛や正義”はどちらか一方の見方だけでは決まらないということが如実に現れていて、そこに作者の世間に対する叫びというか、彼の中、そして多くの人たちの中にある声にならない声があり、そんな様々な事をこの戯曲がすくいあげてくれていると思います。詩のように美しく言葉が並べられている一方で難解な部分もあるのですが、その難解な川の流れの中に突然宝石のように輝く言葉が沈んでいる時があるのです。それを見つけ出すのが面白いと感じながら、日々稽古をしています。
坂口:X―Menやマーべル映画などのSF的なエンタメを多くの人が観ている今、この作品にもそのような部分があると思っていて、ある種ヒーローショーのような雰囲気があると思っています。お客さまが席について劇を観始めた時に“私たち、登場人物なんだ”と思ってくださる気がしています。
難解さもあると思いますが、それよりも益山さんが立ち上げる劇世界はお客さまを巻き込んで、ものがたりを一緒に作っていくみたいな楽しい空間になるのではないかと感じています。舞台で特殊能力や世界の爆発などをどうやって伝えるのか。そこで身体、演劇の魔法を使い、さらにお客さまの想像力もお借りして、皆で創作していくというところで、ある意味平和な空間が生まれるのではないかと思っています。
客席から“頑張れ〜”と声があがっても良いと思っていて、その意味でヒーローショーのように劇場空間が楽しいものになって欲しいと期待しています。戦ったり、歌ったり、踊ったり、きっと楽しいものになるはずです。なので、子供たちにもぜひ観に来て欲しいです。ものがたりを全て理解できなかったとしても、瞬間瞬間を登場人物たちと一緒に積み上げながら、観客の皆さんそれぞれが自分なりの解釈をして欲しいと思っています。

囲み舞台にするというのは発表されていますが、そのほかの現段階での演出プランを教えてもらえますか。
益山: 舞台の形式を三方囲みにしたのは、涼太郎君が言ったみたいな広場でのヒーローショーを観ているように、観客が自然と応援したくなるような、体感できる空間にしたいと思ったからです。同時に、もちろん道具は色々と出てくるのですがなるべく素舞台が良いなと思い、その演出方法をとりました。役者たちが肉体を持って空間に立ち向かっていくという行為そのものがとてもヒロイックだなと思ったからです。その意味でも、演出の核となるのは役者が肉体で立ち向かう姿を見せるということになります。黒田育世さんが振付としてチームに加わってくれているので、すごく肉体を使うステージになっています。
役者たちは歌って、踊って、さらにモノを動かして、さらに言えば、音楽劇ですので生歌も存分に披露しています。
稽古初日から歌の練習に入っていますし、ダンスの練習にも入っています。
坂口: 卓卓さんの詩の部分が歌になっています。その美しい言葉に音楽のイガキアキコさんが世界中の音楽を煮詰めたみたいな音楽をつけてくださっています。その音楽はどんなジャンルの音楽が好きな人でも絶対にどこかにひっかかると思います。
坂口さんは役作りの際に映画や小説を参考にしたり、普段の人間観察からそのヒントを得ることもあるそうですが、今回はどうでしたか。
坂口: 悪役に関して言えば、小説、映画、演劇でもあらゆるところでやり尽くされているじゃないですか。恐ろしいものからチャーミングなものまで、色々なパターンの悪役が溢れています。そこで、いっそこれまで綿々と受け継がれてきた悪役キャラを全部取り入れて、観て楽しいものに出来たらと思っています。悪役になる、変身する、悪に憑依される、人間が人間でないものになる、といったものを演じるのは俳優としての面白さを最も感じられることだと思っています。
あとは先ほど話したように、例えば悪役には嘘をついてでも悪になった理由、自分にとって正義であると言える理由があると思うので、観ている人たちがあれ、どっちが正義でどっちが悪?と思いながら私が演じるアクを観てくれたら嬉しいです。
今回私は一人で二役を演じているのですが、アクではない(普通人)ウチ君について話すと、彼は他者と関わる中で、過去にとても傷つけられた経験があったのだろうし、人と分かり合えない、もしかしたら愛されたことがなかったのかもしれないと想像します。彼は愛を知らないのかもしれません。すごく孤独な人で、ひとりぼっちで色々と考え込んでしまった結果、人間なんてひどい存在だと思い込んで世間から見たら悪の行為をしてしまうのかもしれません。
彼のそんな姿を観た時に、お客さまには自分にもそんな経験があるとかアクの気持ちがわかる、と思ってもらえるのではないでしょうか。なので、ウチとして、この社会で生きづらいと感じている者の代弁者でありたいなと思っています。どうして彼がアクに憑依されてしまったのか、アクはウチが出せなかったもう一つの本心なのだろうか、と色々な見え方が示せたらと考えています。
この作品で語られている「愛」についてはどう思いますか。
益山: 今、私の1日は1才の子供の朝ご飯を作ることから始まっていて、それを終えてから午後の稽古に向かうという毎日です。愛と言うと、一目惚れとか、ビビビときたとか、人生が一変したとか、なにかと劇的に解釈されることが多いと思います。そういった面もあるとは思いますし演劇の創作の現場にいると、そういった劇的な愛を受けとめてきてもいたのですが、子供が出来てからは朝起きてご飯を食べさせるといった地味な小さな愛の積み重ねの総体としての愛もまたあるんだなと感じるようになりました。
その意味で言うと、演劇の現場もまさにそうだなと感じています。数ヶ月前から皆で集まって毎日小さなことを積み重ね、試行錯誤しながら作っては壊しを繰り返していく演劇創作は小さな愛情の積み重ねであり、その先の最後の大きな愛を目指しているのかも、と愛についてはそんな風に感じています。
演劇創作は往々にして面倒くさいことの積み重ねなのですが、そんなことを続けられるのはそこに愛があるからでしょうね。子育てもそうですが、愛情をもって物事を眺めると色々なものが輝いて見えてくるのだと実感しているところです。
映画やテレビ、マルチに活躍している坂口さんにとっての演劇とは?
坂口: 演劇はこの空間にいる人たちがいかに能動的に、皆でこの時間を豊かにしようかと務めている空間だと思うんです。舞台に立っている私たちが主導権を握っているようですが、実はお客さまが違えば全く違ったものになりますし、お客さまが教えてくれることも多々あります。言葉で言われるわけではないのですが、舞台にいると“そこは違う”とか“こうした方が”といった無言のメッセージを客席から受けることがありますね。
観客の反応ということで言うと、2018年の木ノ下歌舞伎パリ公演「勧進帳」ではどのような反応でしたか。
常々、同じ人間であればどんなに文化が違っても、喜怒哀楽は分かり合えると思ってはいたのですが、本当に日本と同じ反応がありました。日本人でもわからないような歌舞伎十八番「勧進帳」をやったのですが、その人がどう感じているのかと言うのは海外の観客にもわかってもらえましたし、舞台にいる私たちにもそれが実感として伝わってきました。その経験が勇気になり励みになり、自分が表現することの後押しとなりました。
益山さんも積極的に海外で公演を展開していますが、それも含め、新しい劇団「焚きびび」でやりたいこと、今後の予定は?
益山: 実は黒田育世さんと一緒に今年の秋にベルギー、ブリュッセルにオペラを創りに行きます。コロナの前にその計画があったのですが、コロナ禍で一度流れた企画です。既存の古典をやるのではなく、私が脚本を書いて演出をする予定です。
涼太郎君が言ったように、海外へ出ると人って人だなと思います。日本に住んでいるとアメリカ人はハンバーガー好きといったステレオタイプのイメージがついてきますが、芝居で笑うところとか泣くところ、怒るところとかは皆んな一緒だと思っています。なので、海外はスペシャルな場所ではあるのですが、今回もつきつめれば人同士が作るものだと思っていて、作曲家はイタリア人、ミュージシャンはポルトガル人といった多国籍なものになる予定です。白人の女性と黒人の男性、そこに日本人も加わって色々な人種が集まって皆で歌を唄うという作品になります。現代オペラであることに加えてブリュッセルという都市自体が前衛的な場所であるようで、かなりアナーキーなものになりそうです。もしかしたら日本では作れないけれど人間同士で作ったものが作れるのでは、とワクワクしています。それからはそれを起点にして海外クリエーション、公演も色々展開していきたいなと思っています。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース 音楽劇「愛と正義」
日程:2月21日(金)〜3月2日(日)
会場:KAAT神奈川芸術劇場 <中スタジオ>