自伝的ミュージカル『ライオン』は世界を巡る

一年の締めくくりに久しぶりに家族と過ごす時間を楽しみにしているという人も多いこの季節、家族への想いをギターの弾き語りで歌い、語るステージをお届けしよう。

憧れ続けてきた最愛の父との大切な時間、もつれた感情、突然の悲しい知らせ、その後の苦悶の日々を綴った『ライオン』は作者ベンジャミン・ショイヤーが近しい家族への思いを包み隠さず歌いあげた実話からなる自伝ソロミュージカルだ。

ショイヤー自身が演じたショーは2015年のニューヨーク・ドラマ・デスク・アワード最優秀ソロパフォーマンス賞、シアター・ワールド・アワードを受賞し、英米各地で500回以上上演されている。

2017年にショイヤーが自身による最後のステージを宣言した後、2022年からロンドンでマックス・アレクサンダー・テイラーによるリバイバル上演がスタートし、その類い稀なるギター演奏とともに好評を博している。

今回の日本公演ではテイラーによる来日版と日本の演劇賞の常連で彼を舞台で観ない日はないと感じさせるほど超多忙な俳優成河による日本版とが回替わりで上演されるというダブルに嬉しい企画。

Jstages.comでは最終リハーサルが行われている英国ロンドンと繋ぎ、脚本・作曲・作詞を手がけたベンジャミン・ショイヤーと日本版に出演する成河にインタビューを敢行。『ライオン』の創作秘話、日本語への翻訳で留意した点、さらには成河がこの作品に込めた思いなどを聞いた。

ロンドンでリハーサル中のベンジャミン・ショイヤーと成河

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Q: 『ライオン』はどのような歩みを続けてきたのでしょうか。

ショイヤー:私がミュージカル『ライオン』の前身となる弾き語りのライブステージをニューヨークで初めて行ったのが6ヶ月間の抗がん剤治療を終えた直後のことでした。治療が成功し癌を克服することが出来た時、人々とふたたび繋がりたいと強く願い、自分に起きたことを曲にしてカフェで歌い始めたのが全ての始まりでした。そんな時に演出家のショーン・ダニエルズと出会い、彼と私とでカフェで歌っていたものがたりを18ヶ月かけて一つのショーとして再構築したのです。そうして『ライオン』は2014年にニューヨークで幕を開けました。

Q:ご自身の演者としてのキャリアは自伝作品でと決めていたのでしょうか。

ショイヤー:この自伝ミュージカル『ライオン』に関しては自分のキャリアとしての成功を目指していたわけではなく、自分のこと、そしてもちろん父のことをわかりたい、家族や友人と再び関わりを持ちたい一心で行ったことで、商業的な成功など私の頭には微塵も存在していませんでした。なので、あんなにも強く、多くの人々がショーに反応してくれて、喜んでくれたのには本当に驚きました。

一見ミュージックコンサートのようなステージは実のところ厳密に計算された一つのミュージカル舞台でした。実のところ、毎回違うギターを選んで演奏するところも、水を飲むタイミングも全て事前に決められていたのです。

Q:その後、2017年2月19日のロス・アンジェルスでの公演をご自身での最後のパフォーマンスと決めたのはなぜですか。

ショイヤー:私自身が『ライオン』を500回以上演じてきて、とても自然に、もう私が演じるのは終わりにしようと決めました。アーティストとして何か新しいものを作りたいという思いに至ったのです。

その次の段階として、マックス・アレクサンダー・テイラーや成河が何か新しいものを持ち込んでショーを新鮮なものにしてくれることを願っています。彼らが演じてくれることで、例えば今回日本で上演するように、ショーが世界中を巡ってくれることはとてもエキサイティングなことだと思います。

ショーが更新されることでどんどん良くなっていると感じています。新しい演者たちが新しいものを加えて作品のレベルが上昇するのは作者としてとても誇らしい気持ちです。

マックス・アレクサンダー・テイラーによる来日版ステージ

Q: 演劇創作の他に、本の執筆、バレエダンサーのカルロス・アコスタとのコラボレーションなど様々な活動をされていますが、それらの作品を通じて伝えたいこととは?

ショイヤー:「真実」です。いつどんな時でも作家として、出来うる限り真実を語ることを常に心がけています。

その真実というのは主に自分自身についてです。ある日、作曲の先生から“もし君がそこそこの良い曲を作りたいと思ったら、他の人たちに知られたくないと思っている自分の秘密を書きなさい。それを超えるグレートな曲を作りたいと思ったら、あなた自身が知りたいと思わない自身のことを書きなさい”と言われました。

Q:昨今の活動について、教えてもらえますか。

ショイヤー:『ライオン』のその後の話として創った「A Mountain for Elodie」を2023年のエジンバラフリンジで上演し、今も各地で上演しています。今度は私が父となったときの話です。その他にも私が描いた児童書をもとに舞台化した作品「Hundred Feet Tall」ともう一つ、2つの子供向けのショーを展開しています。

私の妻は素晴らしいアーティストで私が書いた2冊の児童向け絵本に美しい挿絵を描いてくれていますが、私がとても楽しんでやっていることの一つが私よりも優れた芸術家と一緒に何かを創ることです。私の妻が才能溢れるアーティストであるように、ここにいる成河も素晴らしい才能を有しているアーティストです。そんな人たちと仕事が出来て、本当に幸せ者だと感じています。

成河には会ったばかりですが、彼が美しい歌声で歌うのを聴いて、日本の皆様は絶対にこのステージを目撃するべきだと確信しました。

次に、数時間前に初対面を果たしたばかりとはいえ、既にショイヤーからお墨付きを貰った成河へバトンタッチ、作品について語ってもらった。

作品について話し合うベンジャミン・ショイヤーと成河

Q:日本語歌詞にこだわって、成河さんもその翻訳に関わったということですが、どのような難しさがありましたか。

成河:小さな楽曲を含め、全部で20曲あるのですがロンドン在住のミュージカルプロデューサー、作詞・脚本家で演出家の宮野つくりさんとZoomで繋がりながら2週間に一回ぐらいの頻度でやりとりを続けてきました。約1年間の準備期間があったのですが、そのやりとりを1曲について2週間ぐらいかけて歌詞を決めていきました。宮野さんが送って下さった大枠の翻訳に僕が色々な注文や提案を出し、それに対してまた宮野さんが返してくれるといったやりとりを続けてきました。

その中で、“捨てる”という選択をする必要が出てきます。捨てることは決して後ろ向きな決断ではなく、その代わりに何を活かすか、どれを選択するのかという次へとつながる決断です。例えば言葉遊びの部分を選択するのか、それともドラマツルギーを重要視するのか、それとも他の点を取るのかといった選択で、それを一つ一つの文について話し合いました。

さらに、実際に演技に落とし込んでいった時にどうなのかということをふまえ、余白を意図的に残しましたので、今も歌詞は変わり続けています。

Q:詩的な英語から日本語へという点ではどうでしょう。

成河:ベンジャミン(ショイヤー)が最初に作った歌詞が本当に素晴らしくて一ミリの隙もない。とてつもない挑戦ではありますが、それを日本語の持っている特性でどう表現するか、と言うことを主眼にして訳しています。

ベンジャミンの曲には楽譜がありません。彼は楽譜なしで自由に呼吸をするように歌う方なので、その点では音程に関しては普通と比べると結構ゆるい部分があります。自分なりのメロディーを開発しても良いよ、と言われているくらいですので。(笑)

日本語ミュージカルに関して言うと、楽譜上の制約(音を遵守する)があると日本語の選択肢がものすごく狭まります。日本語にした時に、ここの音は下げないと日本語がすごく不自然に聞こえるといったケースです。今回の場合はその選択が自分でできるんですよ。

例をあげると、冒頭の曲で“My Father…”と歌い出すのですが、英語のイントネーションを残したままの節で“父さん”と歌うと自然ではないので、日本語では節を変えて頭にイントネーションが来るメロディーで歌っています。それが今回の場合は許されるのですが、多分普通の翻訳ミュージカルでは許されないでしょう。

もちろんなるべくオリジナルの楽曲の節を残しますが、今回は日本語をとるのかオーダーされた楽曲をとるのかとなった時に、極力自然な日本語を重視したいと思っています。

Q: 舞台俳優成河ならではという見どころをどう意識していますか。

成河:当事者演劇としてベンジャミンが演じていたものをマックスが受け継いで普遍的な演劇としての広がりを得たものを、今回僕がそれをまた引き継ぐということだと思っています。

今日初めてベンジャミンと会って、まさに役者の仕事ってなんだろうと考えているところです。実は役者という仕事が何なのか知りたくて、この仕事を受けたというところがあります。

先ほど彼が商業的な成果ということではなくて、あくまでも自分に起きたことが何なのか知りたくて、自分の父親のことを知りたくて書き始めたとおっしゃっていたのが心に刺さりました。

それが結局のところ、僕たちの本質であるのかもと感じています。例えば僕にとって価値があるのは、ベンジャミンと出会うこと、他の人生とこれから出会うこと、そして音楽と出会うこと、そしてもちろん今回一緒に仕事をした宮野さんと出会うこと、ここにいる多くのスタッフ、みんなと出会うということで、つまりそれが役者の仕事であるのかなと思っています。

ベンジャミンが誠実に自分の関わりを探そうとしたから、それが伝わって『ライオン』は素晴らしいショーになったのだと思っています。そういう意味では俳優もそれと同じ仕事なのかなと思います。

Q:始まったばかり(取材時12月初頭)のロンドンでのリハーサルについて、期待していることは。

成河:この1年間戦々恐々としながら過ごしてきたのですが、ロンドンに来て多くの人から言われた言葉で驚いたと同時に嬉しかったのが「(この舞台を)あなたのものにしてください」という言葉でした。

マックスが僕に「この舞台はベンジャミン・ショイヤーはこういう人ですということを説明するものではないので、あなたの中にあるものであなたの歌にしてください」と言ってくれました。なので、今はその道のりの最初にいるのだと思っています。

ベンジャミンが自分と出会っていったように、僕も自分と出会っていくことが出来るかどうかがショーの出来に関わってくるのだと思っています。

俳優の仕事って何なのだろうというのが僕の最大のテーマなんです。素晴らしい作品を届けるだけが仕事ではなくて、人と出会っていくこと、俳優が俳優として自分と出会っていくこと、ものがたりに出会っていくこと、それらの出会っていく姿が本当であれば、観客は舞台を信頼できるのではないでしょうか。本当に出会う、それはめちゃくちゃ大変なことで、だから俳優の仕事はやりがいがあるのだと思います。

Q:最後に、1年間の準備期間で一番大変だったことは何でしょうか。

成河:ギターですね。僕はクラシックギターしかやっていなかったし、本当に趣味の範囲でしたので、とりあえず弾けるようになるまで1年かかりました。ショーでの演奏方法はまだまだ入りきっていないと感じています。演技をしながら自然に弾けるようになるようにとまだまだ訓練中です。今日、ベンジャミンから“ギターと会話をするように”という助言をいただきました。まあ、1年ではまだまだでこれからですね。練習しずぎて小指の腱は切りましたけどね。

そんな大変さがわかっていたのに、このプロジェクトに参加したのは、何かに飢えていたのだと思います。出来ないかもしれないことをする、本当に出来ないかもしれないからこそやる。すごくやりがいがあります。

ベンジャミン・ショイヤーと成河

ミュージカル『ライオン』

<東京公演>12月19日〜23日

品川プリンスホテル クラブeX

詳細はhttps://www.umegei.com/thelion2024/