刺青TATTOOER:谷崎潤一郎の小説から発生した2024年のTATTOOER

加藤拓也作・演出の「One Small Step」に続いて、ロンドンチャリングクロス劇場で10月14日にプレビュー公演を迎えるのが谷崎潤一郎の小説を題材に書き下ろされた新作「刺青TATTOOER」。

2022年地元沖縄の米軍基地問題を扱った「ライカムで待っとく」が読売演劇大賞優秀作品賞を受賞、同作で岸田國士戯曲賞の最終候補にもなった兼島拓也が脚本を、国内外の名作戯曲の演出や実際のインタビューからコラージュした言葉で創作した実験的な作品などで知られるルサンチカの主宰で演出家の河井朗(ほがら)が演出を担当している。

ちなみに、今回の日英公演ではバイリンガルの俳優(Leo Ashizawa、Aki Nakagawa、ド・ラングサン望、蒼乃まを)を起用し、両国で同じキャストで上演する方法をとっている。

また、幕間にはアーテイストの東學が登場し、観客の目の前で墨絵を描くというライブペインティングのパフォーマンスも用意されている。

東京のアトリエ春風舎での「刺青TATTOOER」世界初演を終え、すぐさま英国へ飛ぶ予定だという演出家河井に今回の「刺青TATTOOER」の見どころ、日英連続上演のためのアイディアなどについて聞いた。

(c) manami tanaka

東京公演舞台写真

まずは今回のプロジェクトに至った経緯を教えてください。

2023年5月に今回の企画のプロデューサーである梅田芸術劇場の村田さんが北千住BUoYで上演した三好十郎の一人芝居「殺意(ストリップショウ)」を演出した舞台を観てくださって、声をかけていただいたのが最初です。

その後、梅田芸術劇場の事務所でお会いした際に「唐突なのですが、ロンドン公演に興味はありませんか」と聞かれたんです。その時に「谷崎潤一郎の「刺青」を元にした芝居を上演したい、それもロンドンで」という提案をいただきました。僕からしたら、何故僕に依頼が来たのか、という気持ちだったのですが、実はそれまでにも何本か舞台を見て下さっていて、それらを評価していただいた結果だったということで、すごく嬉しかったです。さらに、梅田芸術劇場さんからは “好きに、いつも通りにやってください”と言っていただき感謝しています。

何度か打ち合わせを重ねていく中で、脚本家の兼島拓也さんが参入することになり、さらにはバイリンガルの役者が同じキャストでロンドンでは英語上演、日本では日本語上演をすることなどが決まっていきました。

今もここアトリエ春風舎で日本語上演をしながら、同時に、英語上演のリハーサルを行い、ロンドン公演の準備をしているところです。

そのバイリンガルキャストによる日英での公演というのが目から鱗のアイディアだと思いました。

そうですよね。もともとは日英で別キャストということだったのですが、制作時間の関係、そして僕が日本語しか話せないということもあり、まずは日本語で作品を作り上げ上演をして、その後同じ役者でロンドン公演をするのが一番良いのではないかという話になり、日本語と英語が話せる俳優さんをオーディションで選びました。

台本はもともと日本語で書かれているので、それを英語に翻訳したテキストをバイリンガルのキャストや作家の兼島さんとコンタクトをとりながら、日本語から英語にするとこんな風に変わってしまうのかとか、言語によって身体性も変わってくることとかを、前例のないこの試みの中で貴重な経験をさせていただいています。

リハーサル中の兼島(奥)と河井(手前)

兼島さんとの協働は今回が初めてですか。

そうです。ほとんど同時期に、それぞれに梅田芸術劇場さんからお話をいただきました。兼島さんと初めてお会いした時に二人でさあどうしよう、というところから始めました。

まず、谷崎潤一郎を現代の日本、そしてロンドンで上演するというのはそもそもどういうことなのかということを話し合いました。例えば、海外での谷崎の印象と日本での印象は違っているので、そのあたりのこととか。

今、日本で谷崎を新しく作品化しようとなると、彼のロマンポルノ的な側面、マゾヒズム、そしてファムファタールが男性を翻弄するといった点が取り沙汰されるものが多いのですが、それをこの2024年にやるのは違うだろう、という結論に至りました。

谷崎の小説は自伝的口調をもって秘匿されているものをみんなで覗き見る、というところに意味があるのだと思うのですが、今回は演劇作品ですので、どうするのか。みんなで集まって同じ時間を共有しながら舞台を観るという演劇ならではの行為は結構危険なのではないか、というところから話し始めました。そこで、小説の官能的で性的ということではなく、谷崎自身から作品の方向性を探っていくということになりました。

そこで兼島さんが谷崎の女性遍歴とか、彼の足に対するフェティシズム、自分の嫁を親友に譲ったこととか、自身の右手が麻痺して不自由になった時にアシスタントの女性に口述筆記させていたというようなエピソードを作品に取り入れてくれました。

と言うのも、谷崎作品の世界にそんな彼女たちは反映されているので、その女性たちの存在を証明することで谷崎自身のことを上演することができるのではと。そして二幕構成の戯曲が立ち上がりました。

二幕になると暴走の度合いが増してくる、そんな前半後半の対比も楽しみました。

二幕は一幕の続きなのか、続きだとしたら何年後のことなのかもはっきりしていない。設定時代さえもわからなくなっています。

ロンドンの人が期待している谷崎の舞台化とは違ったものになるかもしれませんが、墨絵師、東學さんのヴィジュアル、着物の衣装などが全て作品に内包されるように演出しました。

(刺青で)刻まれた傷が変容していって、それが糧となる人生もあるかもしれませんし、誰かに隠してもらうために刺青を入れるということもあるかもしれません。そんな自身の傷というものもケアできるのではないという視点で上演を組み立ててみました。

作品作りの上で、特に現代性を重要視している河井さんは今回の作品ではどんなところに現代性を打ち出したのでしょうか。

僕が意識したのは、谷崎を批評的に上演するということです。基本的にドラマチックになりすぎないように意識しました。

傷を見るという行為を出演者の距離感とか、絵との距離感で意図的に表すように演出したつもりです。その距離というのが100年前に書かれたこの原作小説を、60年近く前に亡くなった谷崎潤一郎を見るという行為であって、舞台上で変容し続けていく傷を見る契機になればと思います。出演者それぞれが自身の傷を意識しながら世界とそれを共有し合う、ということを意識的に配置しました。

谷崎の時代、小説はある意味で今のSNSの役割を果たしていたのだと思います。例えば、同時期の作家太宰治に熱狂的なファンがいて、若い女性が彼に宛てた手紙が太宰の小説「女生徒」の題材になっていたりして、谷崎の場合も近いことがあるのではないかと思います。秘めていることを曝け出すのが小説家で、他の人には出来ない自由なことが出来る職業の代表だったのではないでしょうか。

今では誰でもが自分の秘めたことをSNSなどで発信することが出来るようになり、ある意味フェアな時代になりましたが、そんな時代の僕らからしても谷崎はやはり怪しすぎるんです。そこに惹かれました。

(c) manami tanaka

東京公演舞台写真

海外公演についてはどのように考えていますか。

今年31歳になるのですが、20代前半のドイツに演劇を観に行っていた頃は絶対に海外で自分の作品を上演したいと思っていたのですが、年を追うにつれてその情熱が冷めてきたのは確かです。

怖いと言うか、実際東京で上演するのでもかなりお金がかかるので、自分たちで海外ツアーなんて考えられないな、と。言語の壁や字幕はどうするのか、と思い日本で定期的に公演を打てれば良いなと本当に思っていたんです。

そんなあきらめに入った頃になって、今回この国際プロジェクトに声をかけていただいたんです。

もちろん、この公演をきっかけに海外展開をできたら良いなと思っていますし、前回公演のベケット「エンドゲーム」のように既成の海外戯曲を日本の演出家がどう演出しているのかをヨーロッパで見せられたら良いなと思っています。海外ではどのような反応が得られるのか、今回の機会をいただいたこともあって海外上演はますます興味が湧いてきました。

若いアーティストの海外進出を促進するという意味からも、日本の若い演劇人たちのポテンシャルをどう捉えていますか。

日本の演劇界では若手という立場がとても長いですよね。20歳から演劇を始めて40、50歳になっても多くの人が変わらず若手と呼ばれていますから。

テレビとかと違って見られる機会というのがあまりにも少ないですし、公演期間もすごく限定されています。そうであるのに、お金はかかってしまう芸術が演劇です。

若手がどうやってその状況に立ち向かっていくのかとなると、やはり国の助成金は必要ですし、一方で、例えば劇場という場所にとらわれずに上演するとか、あとは出演者を俳優にこだわらず違うアプローチでの上演を考えていくというような工夫が必要になるのかもしれません。僕もこれまで、いくつかのことを試してきました。

あと、それを観れば演劇だけでなく音楽、現代アートも楽しめるというような包括的な作品を作れれば良いなと思っています。舞台芸術のベースとなっている、同じ空間をみんなで共有するという観点で言うと、そこにものがたりがあるなしには関わらず、人と一緒に何かをじっと観ているというだけでその場になんらかのエネルギーを生むのだと思うので、若い演劇人が集まって一緒にジャンルに限定しない作品を作っていけたら、と思います。

僕は脚本家の人による書き下ろし作品の演出というのが初めてで、稽古場に脚本家の人がいて話し合いながらの創作というのも珍しいのですが、作家と演出家というのは最小単位の協働ですので、このように誰かと協働する機会を増やしていけば、若手の間でもさらに色々なことが出来るのではないかと思っています。

東京公演舞台写真

「刺青TATOOER」ロンドン公演へ向けて一言お願いします。

今回、日本で上演したアトリエ春風者に比べて、チャリングクロス劇場は規模が大きいのですが、作品自体が空間とどう向き合うのかというのを最初から設定できていれば、どの空間でも問題ないと思っていますし、出演者もそれに対応出来ると思っています。

ロンドン公演後はロンドンに残る人もいるし、日本に帰ってくる人もいるのですが、この作品が糧となってまた他のクリエーションに影響を与えていくのだと思います。

(c) Nobuko Tanaka

「刺青TATTOOER」

公演期間:2024年10月14日(月)〜10月26日(土)

劇場:チャリングクロス劇場(英国ロンドン)

https://charingcrosstheatre.co.uk/theatre/tattooer

プレビュー公演

2024年10月14日(月)~10月16日(水)

本公演

2024年10月18日(金)~10月26日(土)

詳細は https://www.ressenchka.com/tattooer

(c) manami tanaka

左→右 河井朗、兼島拓也、ド・ラングサン望、Leo Ashizawa、Aki Nakagawa、、蒼乃まを、東學

詳細は https://www.ressenchka.com/tattooer