ウェストエンドのチケットの値上がりはライセンス付きのダフ屋状態?

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The Observer(by Alice Saville)記事より

英国有力紙のThe Observer(Guardian)が俳優のたまごで芝居が何よりも好きだという20代のフランス人女性が日々感じているチケット代についての意見を皮切りに、この1年間で50%の値上げとなっているウェストエンドのチケット高騰に関しての記事を掲載している。

可能な限りウェストエンドの舞台を観たいと思っているフランス人のローリン。先日も今夏の話題作、Jamie Lloyd 演出、Tom Holland主演の「ロミオとジュリエット」のチケットを入手しようと応募抽選を試みるも、第一回目のチケット販売開始から2時間で売り切れてしまい、購入することは出来なかった。結局、3週間後になんとか念願のチケットを入手することができたものの、いつもそのようにうまくいくとは限らない。例えば、Jonathan Bailey見たさにMike Bartlettの「Cock」の再演公演のチケットを購入しようと試みた際には市場の価格が£400に跳ね上がってしまったので諦めざるを得なかった。

筆者(Saville)としては彼女の言いたいことはよく分かる。私は演劇が多くの人々の胸を高鳴らせるような力を持った、高尚で贅沢な趣味ではなく誰もが楽しめるような、なくてはならない不可欠な芸術であってほしいと願っている。しかしながら評判となっている舞台のチケット入手がこれほどまでに大変になると、誰もがというのがま難しくなってきているのが現状だ。

例えば、待ちに待った「ハミルトン」が2017年にウェストエンドで幕を開けた際には数週間前からチケット応募抽選に申し込んでチケットを入手したのだが、ステージからはかなり離れた席でお目当てだったダンスも豆粒にしか見えなかった。エディー・レッドメインが出演する“キャバレー”を友人と観に行こうとした時には£300を超える価格のチケットしか手に入らなかった。

このチケット代の高騰に怒りを表しているのは観客だけではなく、著名な俳優たちも定期的にこの現象に反対の意を示している。一人芝居「ワーニャ伯父さん」の俳優Andrew ScottもBBCの番組で「演劇は一部の選ばれた人たちのものであってはならない。。。作品がどれほど時代先行のもので現代的であるのかとは別に、チケットが£150もするとなると、16〜25歳ぐらい、いやそれ以上の人でも購入をためらうでしょう」と話している。そこで特例として「ワーニャ伯父さん」は30歳未満限定公演をチケット代£10で、という画期的な試みで幕を開けたのだ。その後の公演に関しては安い価格のチケットは即完売、最も高額な席は£172.50で販売されていた。昨年のオリヴィエ賞で、85歳のSir Derek Jacobiは「私がこの仕事に就いた頃、観劇はもっと簡単なことだった。本来は我々の血であり骨であるぐらいに不可欠なものでなくてはならないのに、演劇はエリート(特権階級)なものになってしまったようだ」とスピーチで語った。

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ウェストエンドは本当に一般の観劇客を締め出すようなぜいたくなショーを楽しむ場所になってしまったのだろうか。

Patrick Gracey —ロンドン演劇協会の会長で敏腕プロデューサーは「チケット代は経費と売れ口とのバランスから決まっています。製作費がインフレ率よりも早く高騰し続けているのに比べ、チケット代はそれほど上がってはいません」と言い切る。その理由として、平均で£57.31というウェストエンドのチケット代は2022年に比べ5.39%の上昇(インフレ率と比べると-1.65の上昇率)にとどまっているのだと話す。「テイラー・スウィフトのコンサート代の平均は£206ですから」と彼は人々が他の余暇の楽しみ、外食とか外出、そしてコンサートなどにはもっと多くのお金を喜んで使っていると説明する。

一方で、演劇業界新聞The Stageのウェストエンドチケット代に関する調査などによると、そうとは言い切れない面が見えてくる。その調査は最も高い席のチケット代に関してのものなのだが、高い席の平均が2023年は£94.45だったのが今年は£141.61と50%上昇しているのだそうだ。2012年にThe Stageがこの調査を始めた当初は£100を超えるチケットはなかったが、ほんの3年後には「The Book of Mormon」が史上初めて£200のラインを超えたのだ。とは言え、それでも「キャバレー」の£300と比べればまだかわいいものだとも言える。

劇場の製作費の高騰だけが原因でないことは明らかで、そこにはダイナミックな値段決定への業界合議の上でのシフトがあると考えられる。固定価格にこだわらず、製品(舞台作品)の供給が不足した際(チケットが早々と売れて席に限りがある場合)に劇場はその価格を上げて最大の利益を得るということだ。

Time Outの編集者Andrzej Lukowskiは10年間業界にいて、この傾向を見続けてきたと言う。「ショーが特別に売れ始めた時に最高額が出るんだよ。例えば「ロミオとジュリエット」も最初は一番高い席を£145で売っていたけれど、人気が出てチケット入手が困難になればなるほど高くなっていって、最終的には倍の値段になったからね。まあ言ってしまえば、ライセンス付きのダフ屋みたいなものだよね。」

ブロードウェイでは2001年の「プロデューサーズ」の興行の際に$480というプレミアムシートを設けて以降、ブロードウェイのチケットの高騰は止まることを知らず、「Merrily We Roll Along」で主演のDaniel RadcliffeとJonathan Groffがトニー賞を受賞した後には最終週までどんどん高騰を続け、最後には$1,299(£1,025)にまで達している。

チケット代の高騰がいわゆるセレブ(俳優)のキャスティングに関わっているというのは容易に考えられることだろう。ウェストエンドのキャスティング担当がスター俳優たちのギャラに関して口が堅いのは有名だが、前述のPatrick Graceyによると「必ずしもスター俳優のギャラがチケット代を引き上げている要因ではない、ギャラが高い俳優もいるし高いギャラを要求してくる俳優もいるだろうが、そんな彼らもこの状況の沢山ある理由の中の一つに過ぎない。どんな舞台でもフリーランスや制作スタッフを除いても、最低60人の人が関わっているのだから」と言う。

そして「テレビ番組は当たれば何百万、何千万と儲かり続けることができるが、スター俳優起用の短期間限定上演の舞台(他の高額なハリウッド映画やテレビ出演の予定があるのでロングランが難しい場合が多い)の場合、その制作コストを回収し、さらに利益をあげられるケースはそれほどないんだ」と続けた。

「Everybody’s Talking About Jamie」 や「This House」と言ったヒット作を生み出したNica Burnsは「もっと払える人がいるのなら、払ってもらうべき。なぜなら安価のチケットのか数を増やすことが出来るし、有名なスター俳優をキャスティングすればプロデューサーはそれで利益を得て、結局はそのお金でリスクのあるプログラムを作ることも出来るわけだから」とニューヨークから電話インタビューで答えてくれた。

そう答えるBurnsは彼女の言葉を確かに実践してもいる。昨年彼女がプロデュースした2作品(For Black BoysとRed Pitch)はウェストエンド外の助成金を受けている劇場で英国初演を果たし、批評家たちから大好評を得た。とは言え、これらの実験的な若い黒人の話が大規模なミュージカルやスター俳優の舞台を見慣れているウェストエンドの観客たちを惹きつけることはできるのだろうか。

「ユニークな、新しいウェストエンド上演のモデルになるんじゃないかしら」と彼女は言う。意図的にチケット料金を抑えたことで、普段は劇場に通わない新たな層をウェストエンドの観客にすることを目論んでいるのだそうだ。その目的どおり、£20のチケット代の舞台に多くの若者が足を運んでくれて、赤字覚悟であったにもかかわらす、少だが利益を出すことができたということだ。

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ウェストエンドで最年少のプロデューサーであるAmeena Hamidは「これまでも演劇は誰にとっても足を運びやすい身近なものであったわけではありません。なので、それはエリート的なものと言えるでしょう。その意味ではこのチケット高騰のニュース記事がさらに状況を悪化させてしまうかもしれません。実際のところ、安価でチケットを購入する術もいろいろあるのですが、そのようなことはあまり報道されませんから」と話す。

Hamidの新作「Why Am I So Single?」はウェストエンドの最新のスター俳優起用作品には手が出せない、若い観客たちをターゲットにしている。

Toby MarlowとLucy Mossがケンブリッジ大学の学生時代に共同執筆した大ヒットミュージカル「Six」、そんな彼らの新作だ。彼らのバブルガムポップ調の音楽はHamidがTikTokやインスタグラムを使ってターゲットにしている新世代の演劇ファンたちにはたまらないらしい。

「常にリアルでありたいですね。全ての演劇が高尚で高価なのではなく、楽しくて遊び心にあふれ、手頃な価格なものもあるということを示したいのです。 「Why Am I So Single?」では£20の席がたくさんありますし、一番高い席でも£110で用意しています。もちろん£110は安いとは言えませんがロンドンの他の商業劇場の最高値のチケットの平均£166.98よりはかなり安めです。

「道のりが長いことはわかっていますし、全てがうまく行っているわけではないことも。でも、本当に素晴らしい取り組みもあるにはあるのですよ」と彼女は言う。

そんな取り組みの中には「値段を客が決める=支払いたい金額を払う」チケットを毎回30枚売り出しているもの、そしてほとんどの公演で採用している毎週発売されるオンラインでのバーゲンチケット、そして人気のない演目の席を安く販売しているエージェンシーなどがある。

反面、これらがまだまだ小規模であることは否めない。例えば、2003年、当時の芸術監督ニコラス・ハイトナーは初年度のナショナルシアターのメイン劇場オリヴィエ劇場の2/3の席を£10で販売。2013年、マイケル・グランデージは彼が手がけたウェストエンドの公演の10万席を£10で販売した。

生活費が高騰し、若者たちが住居費の値上げ、学生ローンの高騰という二重苦に見舞われ、アート教育が学校のカリキュラムから削られている今、このような大胆で包括的な取り組みが必要されている。

最後に、Hamidは「全ての子供達に演劇を」キャンペーンでは全ての中学生が最低でも1回は舞台を見てもらうようにするキャンペーンを展開しているのだと話す。

「若いうちに観劇を始めるのが重要」と彼女は断言する。

「私の場合、クリスマスパントマイムでアグリー姉妹のカツラが落っこちちゃうのを見てすっかり演劇にハマりました。日によって舞台が違ったものになるのが凄い、そこにいる観客によって別な物になるのが素敵と思ったのです。私たちは、演劇が刺激的で多様性に富み、私たちの日常を反映するものであることを若い人たちに示す必要があるのだと思います。」