シアターコクーンの人気シリーズ Discover World Theaterは海外のクリエイター、演出家、美術、音楽を招いて日本人役者と一緒に創作をしてもらうというもの。
2016 年からスタートしたこのシリーズでは多くの海外名作戯曲が世界を股にかけて活躍するコンテンポラリー演劇のクリエイターたちの手によって見事に舞台上で輝く命を授かるその瞬間を目撃させてもらってきた。
その第一回公演、アーサー・ミラー「るつぼ」(2016)、そして第四回、ヘンリック・イプセン「民衆の敵」(2018)で演出を担当した、シリーズの常連である英国人演出家ジョナサン・マンビィが今回作り上げたのが自国英国で彼の名前を一躍トップに押し上げた娯楽大作「Wendy&Peterpan」。子供たちへ贈るクリスマスシーズンのエンターテイメントとして2013年、そして15年にシェイクスピアのお膝元ストラットフォード・エイボンのRSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)で再演された今作はチケットが完売するほどの人気、話題作となった。
ディズニーのアニメ版でも有名なJ.Mバリーのファンタジー児童小説「ピーター・パンとウェンディ」を英国人劇作家エラ・ヒクソンが今の時代に合わせアップデート。大人になることを拒んでネバーランドで自由奔放に生きる少年ピーターではなく、女の子にとってこの世はなにかと割に合わないことが多いと感じている現実的でしっかり者のウェンディを主人公に据えて新たに書き下ろしたイマドキの少女と少年たちの戯曲。なのでタイトルも「ウェンディとピーター・パン」となっている。
弟たちやピーター、ロストボーイズ(ネバーランドにいる迷子になった子供達)達に「小さなお母さん」と呼ばれることになんか満足していない、我が道を自ら切り開いていく女の子ウェンディの剣を手にしての活躍には客席から「ブラボー!」と叫びたくなる気持ちだった。
今回の「Wendy&Peterpan」日本版、大ホールのオーチャードホールでの上演にふさわしく、華やかで無条件に楽しめるエンターテイメント舞台となっていた。日本ではクリスマスの季節ものエンタメと言えばバレエの「くるみ割り人形」ぐらいだが、英国の子供達が休暇中のお楽しみとして観劇したこの舞台が彼らの心を大いに捕らえたのは容易に想像がつく。日本でもコロナがもう少しおさまっていれば、もっともっと多くの子供達に夏休みの素敵な思い出を残せたのだろう、と思われる。演劇のすごさ、視覚的な美しさ、そして役者たちの素晴らしさを実際に体験してもらうため、学校教育の一環で舞台観劇をするのにはうってつけ!と言いたい。
今回、何と言ってもキャスティングの妙が光った。
ダブル主役のウェンディ役黒木華とピーターの中嶋裕翔を筆頭に、フック船長とウェンディたちの父親ミスター・ダーリングの2役を演じた堤真一、妖精ティンカーベル役の富田望生、と役の上にもう一つ上のせするような、この人ならではという魅力が加算されて、それぞれがその役をまさに劇の中で生きていた。
例えば、見た目は少女らしさの塊のような黒木華、、ところがそんな中に秘めた芯の強さ、重い剣を振り回してでも必ず仲間を助けるという一途な強い思いを見た。中嶋裕翔のピーターは人を惹きつけるカリスマ性を有しながら、一方で自身のあり方にどこかで自信が持てない不安をのぞかせた。そして、自分のことが好きになれないティンクを演じた富田望生は自然体でティンクの心の成長を見事に表現。
これまでも多くの違ったキャラクターを演じる堤真一を観てきたが、この舞台ほど生き生きと楽しんでいるのを観たことはない。
前回、前々回のマンビィの作品で自らの良心と向き合い葛藤する難しい役どころを立て続けにこなしてきた彼だが、今回はそんなお固いところは一切ない役どころなので—特にフック船長が—アクション俳優&性格俳優、両面を楽しみながら舞台にいたように感じられた。
他のキャストたち、アンサンブル、ステージを盛り上げるダンサーたちも含め、この強力なキャストがこの舞台を完成させていたのは確かなのだが、成功の大きなもう一つの要因がイギリスからのクリエイターチームの一人、美術・衣装担当のコリン・リッチモンドの視覚効果の素晴らしさ。
一瞬にして森が広がるネバーランドを創り上げたかと思えば、荒波に浮かぶリアルな海賊船。窓に映るピーターたちの影、とディズニーも目をみはる、ファンタスティックな美術がオーチャードの舞台を輝かせていた。
世界名作戯曲から古典の現代化、エンタメ化まで、これからもDiscover World Theaterシリーズに期待するところは大きい。