鈴木アツトが名作「雨月物語」を”もののあはれ”で読み解いた新作「月を抱く人魚」

撮影:山崎伸康

昨今、あちらこちらのチラシに「鈴木アツト」の名前を見つけることが多いなと感じている演劇ゴーアーズが増えているのではないだろうか。

(c) Nobuko Tanaka

シアタートラムのロビーで「月を抱く人魚」のポスター前で

それもそのはず、2026年下半期に鈴木アツトが関わる(作、脚色、脚本、演出など作品によって関わり方は様々)舞台が目白押しとなっている。

例えば、今回話を聞いた江戸後期に上田秋成によって書かれた傑作怪奇小説集「雨月物語」をモチーフに鈴木が書いた新作『月を抱く人魚』—雨月物語より—は世田谷パブリックシアター2026年度主催公演として8月に上演されるのだが、早くもその6ヶ月後の2027年2月には同じくシアタートラムでもう1本の主催公演、ブレヒトの「聖ヨハンナ」を原作にした新作舞台『ヨハンナ』の公演が予定されている。

7月シアタートラムで行った単独インタビューの場、同時進行している別公演のリハーサルのため(そちらは演出も兼ねているため)、久しぶりに『月を抱く人魚』—雨月物語より—の稽古に立ち会ったのだが、間があいたことで俳優の演技の完成度の違いが明確になって驚いた、といつも通りの柔和な笑顔で話す彼に開幕が迫った新作舞台について、また演劇未経験にもかかわらず飛び込んだ演劇創作現場での苦労、2003年に鈴木が立ち上げた「劇団印象-indian elephant-」が迷走していた低迷期について、そしてその状態から抜け出したきっかけについて話を聞いた。

そもそも演劇に関わるようになったのはいつ頃で、きっかけは何だったのでしょうか。

慶應義塾大学でドキュメンタリーに関するゼミを履修して、水俣病の報道史について学んでいました。最初、水俣病は風土病であると世の中から言われていたのですが、チッソ水俣工場から海へ排出されていたメチル水銀を原因とする公害病だったわけです。当初、政府はチッソが国策に関わる会社だったため公害であるということを認めようとしませんでした。そんな風土病から公害病へと徐々に認識が変わっていった報道の歴史を勉強していました。

そんな折、大学に演劇をやっている友達がいて、「卒業でオリジナルの作品を上演したいから、何か書いてほしい」と頼まれたんです。それで戯曲を書いたのが、私が演劇に関わることになった最初のきっかけでした。まさか自分が戯曲を書くことになるとは思っていませんでした。運よく、その芝居が評判良かったんです。

一方で、稽古場で俳優が自分で書いたセリフを実際に喋っているのを聞いた時、想像していたのと全く違う音が聞こえてきて、紙に書いた言葉が肉声になることに驚きと味わったことのない感動を感じました。それで、もう少し芝居に関わってみようかなと思ったんです。

卒業後はCMの制作会社に1年間勤めたのですが、その頃から沸々と芝居をやってみたいという感情が湧いてきて、それまでほとんど演劇経験がなかったにも関わらず会社を辞めてフリーターとなり演劇を始め、慶應義塾大学にあった演劇サークルの後輩を誘いながら劇団を旗揚げしました。

劇団旗揚げ後はどのような活動をしていたのですか。

劇団の1作目はビギナーズラックで評判が良かったのですが、今振り返ると本当に演出がひどかったです。何をしたら作品が良くなるのかわからず、俳優にどう指示すれば良いのかもわからない日々を最初の2〜3年繰り返していました。

当然のことながら、面白い作品は作れなくて、当時流行っていた野田秀樹、三谷幸喜、松尾スズキさんらの舞台ビデオなどを観て、そこから影響を受けながら作品作りをしていました。読書が好きだったので、三谷さんがレイ・クーニーから影響を受けたと聞くとクーニーに関する本を読みあさり、また、野田さんがモチーフとしていると思われる作品を読んだりといった日々を過ごしていました。

2007年に新宿の小劇場タイニイアリスで韓国人俳優のキム・セイル(金世一)さんと知り合いになり、彼から自分の作品についての助言をもらう機会がありました。その際に“台本は良いけれど演出が問題だ”と言われたのでどうすれば演出が上達するのかと聞いたところ、上手い俳優は演出家がやりたいことを具現化してくれる存在なので、そういう俳優と仕事をするべきだと言われました。さらに、韓国では演劇教育がしっかりしていて俳優は皆上手いので自分の後輩を紹介すると言ってくれました。キムさんは韓国で演劇の大学に入学するための予備校で、俳優になるための術を教えていたのです。韓国人の俳優を紹介してもらい、その人と他に日本人俳優4人による作品を作りました。その作品の評判が良く、そこからなんとなく観客も徐々に増えていったという感じです。

元々は演出力を磨くために韓国の俳優さんと創作したのですが、海外の人と共作すること自体が面白いと思いましたし、演出力強化のためにもなるということで海外へ目を向けるようになりました。

その後、タイと英国ロンドンへ留学をされました。何を求めて海外へ出たのですか。

2015年にタイと英国ロンドンへ短期留学することになった経緯ですが、野田秀樹さんが国際共同制作した「赤鬼」のタイ版(1997年初演)に出演していたプラディット・プラサートーンさんが2012年に日本で俳優向けのワークショップを行ったんです。演出力をつけるため、俳優ではないのですがそこに参加して彼と仲良くなりました。それでタイの演劇も観てみようと思い、国際交流基金アジアセンター アジアフェローとしてタイへ行き、トゥアさん(プラサートーンさんの愛称)や私と同世代のタイの演劇人ニコン・セタンさんたちと交流しました。

その直後に文化庁の「新進芸術家の海外研修制度」を活用して、ロンドンに10ヶ月間滞在しました。

きっかけは2013年に調布市せんがわ劇場からクリスマス劇の創作を依頼され、メーテルリンクの「青い鳥」を脚色して初めての子供向けの劇を作ったことでした。客席では親御さんと子供たちが小声で会話をするといったことが起きていて、その様子がとても良いなと思ったのです。そんなことがあり、ロンドンで児童劇のことを勉強しようと思い、新進芸術家の海外研修に応募したのです。

英国ではどのようなことを学んだのですか。また、英国滞在で一番印象に残ったことは何ですか。

せっかく英国に滞在するので、ルームメイトは英国人が良いと思い、英国人の会社員の人とルームシェアをしたのですが、その人が保守的な傾向がある人で、その体験が衝撃でした。と言うのも、英国で演劇コミュニティにいると多様性を重視するリベラルな人が大半だったからです。当時英国では、ポーランドからの移民が社会問題になっていたのですが、ルームメイトは“移民はこの国にとって問題なので、ポーランドへ帰るべきだ”と平気で私に言ってくるような人でした。さらに、ちょうどブレクジット(Brexit)*の国民投票が行われていて、まわりの演劇人たちは皆“絶対にEU残留だ“と話していました。その一方でルームメイトと話していると、これはEU離脱もあり得るなと思いました。ルームメイトがどれほど一般的な英国人なのかはわかりませんが、肌感覚として英国社会が右傾化しきているなと感じました。そういった演劇とは別のところで衝撃を受け、そこからナショナリズム、国家というものに対する意識が研ぎ澄まされていって、劇団印象の「国家と芸術家シリーズ」**に繋がっていったのです。

演劇的には児童劇を観たりワークショップに参加したりしていたので、その面での勉強になりましが、とにかくブレクジットが大きな衝撃で、英国留学の影響としては自分の中でナショナリズムや国家への意識が高まったことが大きかったです。

*Brexitは“British”と”exit“の混成語。2016年6月23日に行われた国民投票の結果、51.9%がEU離脱に投票したことから行われた。3度の延期の後、2020年1月31日に英国は正式にEUを離脱した。

** 2020年~2022年、「国家と芸術家シリーズ」と題し、『エーリヒ・ケストナー』、『藤田嗣治』、『ジョージ・オーウェル』、『カレル・チャペック』を取り上げ、ナショナリズムと芸術家の関係を描いた評伝劇の四部作を上演。

今回の新作「月を抱く人魚」について、まずは雨月物語を題材にした理由を教えてください。

鈴木アツト劇作、生田みゆきさん演出でコンビを組んでほしいというのが白井晃芸術監督からの提案としてありました。さらに、古典作品を現代版にという企画だということもあり、生田さんから「雨月物語」を題材にするのはどうでしょうという話をいただきました。

私は野田秀樹さんが大好きなのですが、野田さんの作品「TABOO(1996年)」の中に雨月物語の「浅茅が宿」のシーンが入っているというのがまず思い浮かび、演劇を好きになった初期の頃の題材に取り組むことになったという感覚を持ち嬉しく思いました。とは言え、「雨月物語」自体は読んだことがなくて、読んでみるとすごく面白いなと感じました。

(c) Nobuko Tanaka

世田谷パブリックシアター2026年度プログラム発表会で「月を抱く人魚」について話す鈴木アツト(左)と演出の生田みゆき

今回は雨月物語の9つの話の中から「浅茅が宿(あさじがやど)」「夢応の鯉魚(むおうのりぎょ)」「青頭巾(あおずきん)」「菊花の約(きっかのちぎり)」の4篇を選んで創作したということですが、どのように作り上げたのでしょうか。単なる現代語への変換ではなく、オリジナルのストーリーになっていると感じました。

私のオリジナルという意識はあまりなくて、どうやってこれら4篇を上手く組み合わせようかと考えながら書きました。主軸は「青頭巾」になるということがまず頭にありました。それは最も教養があり、徳があって人のために生きているような人がお供の美童に恋をするという人間的な欠陥から転落していくという話がとても面白かったのと、人を喰らうというモチーフに惹かれたからです。

その4篇の他の作品も含め、若い男が一旗あげようとして幽霊と出会い、怖い目にあいながら成長していくという話が多いので、そこはしっかりつかまえたいと思い、今作では「浅茅が宿」の勝四郎を主人公にしました。そして、勝四郎と青頭巾を繋げるために、母探しのエピソードを加えていきました。

主役の勝四郎を演じる岡本圭人さんについてどんな印象を持っていますか。

岡本圭人さんが東京芸術劇場で上演されたフロリアン・ゼレールの三部作のうちの「Le Fils 息子」と「La Mère 母」に出演しているのを観て素晴らしい俳優さんだと思いました。「Le Fils 息子」では父の再婚により家族の中で居場所がなくなってしまった青年の役だったのですが、そのイメージが今作の勝四郎という人物にも影響を与えていると思います。

今作は世田谷パブリックシアターの「あたらしい国際交流プログラム」の一環として上演されるということですが、そのあたりは意識していますか。

劇団印象での作品「藤田嗣治~白い暗闇~(2021年、2026年)」や「ジョージ・オーウェル~沈黙の声~(2022年、2024年)」などは世界を意識して、外国人の方が興味を持ちそうな題材を取り上げて書きました。そのようにコンテンツをある程度相手(海外の観客)にあわせるという方法もあると思いますが、今回は日本の古典の現代化ということなので、劇団での世界へ向けての題材選びと違うやり方でやりたいなと思い、日本の“もののあはれ”というキーワードを掲げました。

以前、韓国とタイの演劇人との共同作業をした中で各国それぞれに精神、文化の核となるソウルワードについて考えました。韓国だと「恨(ハン)」がその激しいエネルギーを生み出す感情的なキーワードとなっていて、タイは快適に、楽にという意味なのですが「サバーイ」という言葉、ある種の緩さを持ちながら幸せになることを大事にしたいという文化があると感じています。日本は、「平家物語」や「源氏物語」など、日本の古典文学が持っている美学を一言で表すと「もののあはれ」というのが、日本のソウルワードだと思います。それは桜が散ることの美であり、僕らはそれを毎年体感しているように、永遠のものは無くて、常にモノは移り変わって消滅していくのだけれど、そこに美しさがあるということが我々の美学としてあると思っています。その美学を抽出して表現するということを今回やろうとしています。今作では「もののあはれ」の感覚を作品の中に詰め込んで、それを海外の方々にも感じてもらいたいというコンセプトで創作しています。

現在、多くの仕事を抱え多忙な日々を送っていると思いますが、お客さんが集まらない時期を経てどのあたりで潮目が変わったと感じていますか。

まず、英国から帰国した時点で変わったというのがあります。自分の中で、プロデューサー的な意識をしっかりと持とう、つまりちゃんと演劇で食べていけるようにならなければと自覚しました。演劇を始めた頃は劇団名も適当につけたりしていましたから(笑)。

一応、劇団印象という劇団名の由来をお話ししますと、小学校の時に絵画コンクールに出品したときに遡ります。動物園の絵という題材のコンクールで入賞しました。虎を正面から見た絵で入賞したのですが、最優秀賞を獲った作品は象のお尻の絵だったんです。その時に芸術というのは“人と違う見方でモノを見る”ものなのだと気づいて、その後劇団を立ち上げる際、人と違うモノの見方をしようということで幼い日の気づきであった“印象”「劇団印象」としました。

ですが、最初の15年は演出が稚拙な上に毎回作風が変わり、三谷幸喜風であったり、野田秀樹風であったり、さらに影響を受けたばかりの別役実風であったりと迷走していました。そうなると劇団の固定ファンというのがつかない。作風が違う上に、別段その舞台の質も高くなかったのでお客さんとしては何を観たら良いのかわからなかったのだと思います。

そこで、とりあえず作風を固定しよう、さらにチラシのデザインも独創的なスタイルにしていこうと決めました。知り合いの雑誌の編集やデザインをしている人に頼んで劇団のアドバイザーになってもらい、劇団のブランド化に取り組みました。

その頃に評伝劇を書き始めそれがうまくハマりました。過去にドキュメンタリーをやっていたこと、つまり資料を集めて執筆するという方式が自分にあっていたのかなと思います。

まさに“評伝劇の鈴木アツト”と言われるほど、鈴木さんの得意とする分野だと思いますが、その分野に挑んだきっかけは何だったのでしょう。

コロナ禍で時間があったので、分厚い本が読める時間ができたと思い、以前から興味があった700ページぐらいあるドイツの研究者が書いたエーリッヒ・ケストナーに関する研究本を読みました。その後、3週間ぐらいであっという間に戯曲が書け、評判も良くて上演することになったのです。*あとコロナ禍の時期でわりと多くの助成金が出たというのもラッキーでした。なので、ここで勝負しようと決めて、衣装も贅沢に規模も大きくしたのが良かったのだと思います。

さらに、その公演でそれまでより多くチラシを配布したことで劇団印象を観たことのない新規のお客さんを多く獲得することができました。チラシを見て面白そうだと思って劇場に来てくれる人がこんなにもいるんだと、その経験からお客さんの面白いものを嗅ぎ分ける力を信じるようになりました。

そこからはコロナ禍ではあったのですが、ブレずに、アクセルを踏んで活動することを心がけた結果、活動も評判も拡大していったという感じです。

*劇団印象第26回公演「エーリヒ・ケストナー~消された名前~」(2020年)

最後に、今後やりたいことを教えてください。

生田みゆきさんとまた何か一緒に作りたいのと、生田さんを超えるぐらいの演出力をつけたいと思っています。と言うのも、私の場合、戯曲の言葉を演出するというところにとどまっているように思うのですが、彼女の演出を見ていると戯曲の言葉からインスピレーションを受けて新たにイメージを追加しているように感じていて、演出家としての作家性を戯曲から引き出していると感じます。私もそのような演出力を身につけたいと思っています。

「月を抱く人魚」—雨月物語より—

会場|シアタートラム

日時|2026年8月7日(金)〜 23日(日)

詳細|https://setagaya-pt.jp/stage/32245/

その他、鈴木アツト関連の舞台、今後の情報

(c) Nobuko Tanaka

「チョコレート・アンダーグラウンド」脚色・演出

会場|新国立劇場 小劇場

日時|2026年7月25日(土)、26日(日)、8月1日(土)、2日(日)

詳細|https://www.nntt.jac.go.jp/play/short-stories/

「雲のビール」脚本 (演出:小笠原響)

会場|調布市せんがわ劇場

日時|2026年10月13日(火)〜25日(日)

詳細|https://www.chofu-culture-community.org/events/archives/40826

「ベルト・モリゾ(仮)」 劇団印象公演 作・演出

会場|吉祥寺シアター

日時|2026年11月7日(土)〜15日(日)

詳細|https://inzou.com/news/berthe_news/

「ヨハンナ」

会場|シアタートラム 脚本(演出:白井晃)

日時|2027年2月〜3月

詳細|https://setagaya-pt.jp/stage/32295/

劇団印象: https://inzou.com/