700万年の旅で地動説からAIまでを探る劇

撮影: 牧田奈津美

急速に普及し始めているAIとどのようにつきあっていけば良いのだろうか。そんな声を耳にするのが日常茶飯事となりつつある今日。アナログ文化の代表格である演劇にもその声に応えようとする試みが現れた。

今、静岡芸術劇場で上演されているSPAC(静岡県舞台芸術センター)制作、多田淳之介演出の「ガリレオ〜ENDLESS TURN〜」は台本作り、音楽、美術(映像)、そしてアバター使用と積極的にAIを取り入れた創作方法を採り出来上がった舞台だ。

ドイツ人劇作家で演出家であり、叙事的演劇を提唱した近代演劇の変革者であるベルトルト・ブレヒトの「ガリレオの生涯」*を新創作の原作本として選択し、その演出にAIを用いた多田。当日パンフレットの中で「技術の発展や世の中の価値観がどんどん変わってきて、いろんなパラダイムシフトが起きている今のタイミングで、この戯曲をやるのはすごく意味があるんじゃないかと思いました」と語っている。

*「ガリレオの生涯」—地動説を唱えたイタリアの自然学者ガリレオ・ガリレイの後半生を描いている。天体望遠鏡を用いて立証してみせたガリレオに対し、教皇庁は既成の秩序を重んじてガリレオを異端者扱いし、自説の撤回を強いる。

古典のコンテンポラリー化で定評のある演出家はブレヒトの土台に自身のアイディアを加えることで、700万年変わらぬ人間たちの本質を浮かびあがらせる。

Jstages.comは静岡芸術劇場での初日舞台(2026年1月18日)を観劇後、「ガリレオ〜ENDLESS TURN〜」の仕掛け人、演出家の多田淳之介への単独インタビューを行い、演劇におけるAIの可能性、また地方劇場が目指すべき試みについて聞いた。

撮影: Nobuko Tanaka

演出家 多田淳之介

チェーホフ「かもめ(カルメギ)」「三人姉妹」やベケット「ゴドーを待ちながら」、シェイクスピアなどの古典戯曲を現代社会にあてはめて舞台化してきた多田さんですが、今回の「ガリレオ」での現代性という面での注目はどこになりますか。

ブレヒトの原作「ガリレオの生涯」はキリスト教という要素が大きな比重を占めています。そのあたりを日本のお客様にどのくらいの当事者性を持ってもらうことができるのか、他人事になってしまってよくわからない距離感を生んでしまうのではないかと考えました。キリスト教も最初は異端の宗教で迫害されていたという歴史があり、さらに言えば、そのようなことはそれ以前にも様々あった上でこのガリレオの一件は長い歴史の中で繰り返されてきたことの一つであるということを示したくて、最初に700万年に及ぶわれわれ人類の歴史を辿ってみようということになり作品も700万年前のシーンから始めることになりました。

人が夜空を見上げて星を見て何かを想像したり、観念的なものを見出したりしたその中の一つがキリスト教だったというだけで、星を見て何かを思うということは人類に共通していると思いますし、自分達の権威が危ぶまれた時にどう対処するのかといったことは観客の人たちにも自分の身近な出来事の一つで、結果、直接繋がる話として受けとってもらえるのではないか、と。

地動説が弾圧されていたのはカトリックの教えに反しているというのが一応の理由なのですが、実のところ権力者たちの保身というか、すごく人間臭い政治の話になっているのがブレヒトの「ガリレオの生涯」の面白いところだと思います。それはまさに今の世の中に通じていると感じていて、既得権益を守るために真理が曲げられるということは日本で暮らしていても身近に感じることは多いのではないでしょうか。

今回、AIを演劇創作に持ち込んだという点でも注目を集めたのではないですか。

例えば“ルターの宗教改革を3分ぐらいのコミカルな場面にしたい”とAIに言うとすぐに作ってくれるんです。これが結構面白い体験でして、70年代くらいにテクノミュージックが流行った時にミュージシャンたちが“自分達で演奏しなくてもコンピューターが音を出してくれる”ということに熱狂したということとちょっと近いのかなと思っています。自分が伝えた指示だけで文章を作ってくれるのですが、僕は劇作家ではないのでその作業がとても新鮮で楽しかったですね。音楽を生成してくれるAIもあって、歌詞を入れるとそれを曲にしてくれたり、テーマを与えると歌詞を作ってくれたり、さらに細かい指示を出すとさらに思い描いたものにしてくれます。最終的には人間が調整をして仕上げるのですが、それは面白かったです。曲が書けない人でも曲を作れてしまうし、同様に文章も絵も出来てしまいます。逆にきちんと指示を出さないと想定外の方向へ行ってしまうので、ChatGPTに“どうしてこれが出来ないんだ”とか言って、かなり押し問答もしましたね。(笑)

これまでAIを積極的に使った演劇人はあまりいないのではないかと思います。演劇に使用してみてわかったこと、その使い勝手などはありますか。

やはりスピードが相当上がります。まず翻訳に関してはかなり早まります。文語調にも口語調にも出来ますし、自分の壁打ちとしても使えるなと思います。ですが、それはプロの作家や翻訳者のクリエイティブな仕事とは違うとは思います。ただ、速度は相当上がります。

今後も作品によっては使っていこうとは思っています。今作では音、文章、画像をAIで作って、アバターが喋るのも取り入れましたから、AIがどこまで使えるのかを試すという目的での作品作りでもありました。

「ガリレオの生涯」からはAIではなく、変わらぬ人間の傲慢さ、愚かさが読み取れます。そこでは、理論的に立証しても“変えるわけにはいかない”と唱える人々が描かれています。そんな人間たちについてはどう思っていますか。

劇中で教会側が“罰するけれど認める”といったダブルスタンダード的な立場をとりますが、それは今でも多くの会社で体質としてあって、“ずっとそうしてきたので変えられない”という対応をよく目にします。日本の政治の世界などはそれの最たるものかもしれません。真理を求めようと「地球は動いている」と断言すると、それを認めてしまうと傷つく人がいるといった声があがるみたいな。稽古場ではガリレオは空気を読めない奴なのではと言った意見も出ていました。それを言って誰が得するのか、それならとりあえずそのままの方が良いよねといったことは当時の特殊な例ではなく、今でもありますから。

撮影: 猪熊康夫

今回、3作品目のSPACでの創作ですが、SPACでの創作はいかがですか。

日本の公共ホールでこれほどのプロ集団がいる劇場は他にはないので、特別な場所だと思っています。劇場の環境もそうなのですが、ものづくりに対する姿勢、そして公共性に対する考え方、芸術の中にある公共性に関してもきちんと全員が意識して維持しようとしている集団だと認識しています。それと、世界に繋がっているのと同時に中高生にも作品を見せている*というところにSPACの存在意義があるのではないでしょうか。初めて演劇を観る学生たちに対しての何らかの下地になっているのだと思います。

*「SPAC秋のシーズン」では平日に中高生鑑賞事業公演を行い、毎年1万人以上の県内中高生が劇場で観劇している。

今作については、歴史の話でもあるので、中高生たちに700万年の歴史について“そうだったんだ〜”と思ってもらうように、観客を置き去りにせず取り込むようなことを意識して演出しました。

コロナ禍で一時期演劇活動が止まりました。多田さんは富士見市民文化会館キラリ☆ふじみの芸術監督を退任した(2019年3月)頃で、その後は異例の「芸術監督先公募宣言」を出しましたがどんな反応がありましたか。

2021年から愛媛県の松山にある民間劇場「シアターねこ」の座付きカンパニーのアートディレクターを務めました。

公共ホールに関して言うと、近年は場所によって差が出てきているなと感じています。様々なことにトライしてきたところ、地元の劇団とかと繋がっていたところはどんどん面白くなっているけれど、行政との関係からなのか、自分達の問題なのか衰退していくところも出てきています。それらの中には演劇人やもともと演劇に興味がある人たちには良い劇場だったのかもしれないけれど、そうでない人々、劇場へ来ない人たちへの活動がどれほど出来ていたのかを疑問視するところもありますね。

撮影: Nobuko Tanaka

地方の公共ホールについて、また、日本全国での演劇の広がりについてはどう思われますか。

2025年に高知市文化振興事業団で障害のある人たちと一緒に演劇を創作する「共生社会の実現に向けた舞台芸術創造事業」に関わらせてもらったのですが、そこのバックアップ体制がすごくて、現場には何のバリアも存在しない状況に感激しました。出演者もサポートスタッフも公募なのですが、その中には長く関わっている方々もいました。常に5〜6人の方がサポートスタッフとして居てくれて、その方たちは稽古に来られなかった人の代役もこなしていましたし、僕の話したことはすぐにタブレットやテレビモニターに出る字幕で障害のある出演者にも伝わるシステムがありました。普段は“障害”と言われるものをその人の“特性”と認知して、これは“出来ない”ではなく、車椅子だからこそ、ろうあで手話が使えるからこそできることをするというアプローチで取り組んでいて、それはとても新鮮でした。

その高知の劇場の事業には障害のあるなしに関わらない企画を続けてきた民間の美術館も協力していて、そういった地域の蓄積にとても可能性を感じました。

その意味では平田オリザさんが始めた兵庫県の「豊岡演劇祭」は演劇で地方を盛り上げている好ましい例だと思います。地方の田舎町で人が流出していた豊岡に年に一度の国際的な演劇祭と同時に演劇関連の大学が出来たおかげで、生徒と職員を含めて300人以上の若者たちが住み始め、明らかに地方の地域が活性化していますから。

自分が関わった地方での演劇活動を振り返ると、多くの人が純粋に演劇の力を信じている、演劇をやることで幸せになれると感じていると強く感じました。さらに、その公演を観た人が“私にも出来るかもしれない”と思い、次の年に参加してくれるといった連鎖も起きていると思います。実感として10年前の状況とは変わってきている、続けてきたことは実ってきているなと感じます。

これからやりたいことはありますか。

これまで劇場に来なかった人たちと演劇を作るのが楽しいなと思っています。例えばシニア演劇とか。この数年北九州芸術劇場で65歳以上対象のシニア向けプログラムをやらせてもらっているのですが、いつもすごい数の応募があって、実は多くの人が演劇に興味があるということを知りました。彼らは何の躊躇もなく、恥ずかしいとかもなく、楽しむ気満々で参加してくれています。何と言っても、そんなシニアの人たちが元気だとわれわれも元気をもらえますからね。

最後に、これから観る人たちへ向けて、「ガリレオ~ENDLESS TURN~」の見どころを教えて下さい。

それぞれ刺さるところは違うのだろう、と客席の反応から感じています。とは言え、世の中の何かがおかしいぞ、間違っているかもと思うようなことに対して向き合ってみようかなという気持ちを持ってもらえたら良いなと思っています。また、シンプルに星空を見上げてもらえたらとも思います。美しさに癒されるのも良いですし、自分の小ささを確認するのも悪くないんじゃないかなと思います。

撮影:猪熊康夫
撮影:牧田奈津美

ガリレオ~ENDLESS TURN~

会場:静岡芸術劇場 (JR東静岡駅から徒歩5分)

1月18日(日)

1月24日(土)1月25日(日)

2月 1日(日)

以下の回は英語字幕のタブレット端末貸出サービスあり。【無料・要予約】

2月14日(土)、15日(日)

3月7日(土)

詳細:https://spac.or.jp/25_autumn/galileo_2025

もしくは 

SPACチケットセンター TEL:054-202-3399 (10:00〜18:00、休業日を除く)