話題作「モンゴル・ハーン」をウランバートルで一足お先に鑑賞

以前、Jstages.comで紹介した今秋初来日するモンゴル発の大スペクタクルエンターテイメント、日本モンゴル友好記念事業『The Mongol Khan(モンゴル・ハーン)』Japan Tour 2025。今作は約3000年前のモンゴル帝国を舞台に王権を巡る争いの裏に潜む裏切り、陰謀、帝国の王(ハーン)としてのあり方、その妻の愛、さらに母の愛情、と人間のありとあらゆる感情を激動の歴史ドラマの中に織り込んだ壮大な叙事詩となっている。

撮影:阿久津知宏

2024年に文化交流取極50周年を迎えた日本とモンゴル。長年にわたる大相撲においてのモンゴル出身力士たちの活躍、モンゴルがロケ地となり社会現象にもなった2023年の大ヒットテレビドラマ「VIVANT」、さらに今年7月の天皇皇后両陛下モンゴル訪問と、このところよく目にし耳にする“モンゴル国”への関心が芽生えている人も多いのではないだろうか。

秋の舞台を待ち遠しい思いで待ち望んでいたところ、本作の世界初演劇場であるモンゴル、ウランバートルにある国立アカデミックドラマシアターで観劇をする機会が舞い込んできた。

チンギスハーン国際空港から日本車が多く走る高速道路を走ること1時間強ほどでウランバートル市内中心へ到着。人口の半分近くが集中している首都には新しい近代的高層ビルが立ち並び、車の渋滞、忙しく行き交う人々の様子からこの街の加速する経済発展を感じることが出来る。

そんな市内中心地にあるのが国立アカデミックドラマシアター。1931年に建設された3階建て550席のロシア様式の劇場では「モンゴル・ハーン」のような演劇の他に、オペラ、バレエ、モンゴル伝統芸能などが上演され、モンゴル人たちの重要な文化拠点となっている。

(c) Nobuko Tanaka

2022年4月17日にこの劇場で産声をあげた「モンゴル・ハーン」は瞬く間に口コミで評判を広め異例のロングランを続け、2024年9月15日には180回公演、約105,000人の観客動員を記録した。それまでの演劇公演のロングラン記録が27回というのだから、そのインパクトがどれほどだったのか、この数字からもわかる。その後、2023年に英国ロンドン・ウェストエンドの名門劇場、イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)の本拠地コロシアム劇場(2,300席)で15回公演を敢行、約42,000人を動員し演劇通の英国人たちの度肝をぬいた。

その時に出た劇評がこちら:

“An extravaganza where Shakespeare meets Verdi” (Daily Telegraph)

シェイクスピアとベルディが出会ったような豪華絢爛な作品(デイリーテレグラフ)

“A combination of a Rio De Janeiro street carnival, the All Black’s Haka, and .. Cirque Du Soleil” (Daily Mail)

まるでリオ・デ・ジャネイロのストリートカーニバル、オール・ブラックスのハカ、そしてシルク・ドゥ・ソレイユの合体だ(デイリー・メール)

As spectacle, it is hard to beat”(Financial Times)

スペクタクルとして、これを超えるものはない(フィナンシャル・タイムズ)

“Unlike anything you’re likely to see in London”(Time Out)

ロンドンでよく目にするものとは全く異なるもの(タイムアウト)

撮影:阿久津知宏

ロンドン公演を観てぜひシンガポール公演を実現させたいと思った、と言うトリメンダス・エンタテインメント・ジャパンのグレッグ・鈴木氏の願いが叶い、2024年には近代的なシンガポール、マリーナ・ベイ・サンズシアター(1,677席)で22回公演を行い約30,000人動員。こちらも大好評のうちに幕を閉じた。

今回が4回目の再演となったモンゴル、国立アカデミックドラマシアターでの舞台は伝説となりつつあるだけに連日満員御礼の大盛況。若いカップルや友人同士のグループ、さらに家族連れと見られるグループなど、まさに老若男女が観劇を楽しんでいた。

特別に日本語のイヤホンガイドが用意され、その感情がこもった熱い日本語吹き替え音声とともに2幕、2時間30分(休憩を含む)の愛憎入り乱れる歴史劇を大いに堪能した。*

*日本公演ではモンゴル語上演で日本語字幕付き

モンゴルのシェイクスピアと称される作家、バブー・ルハグヴァスレン(1944-2019)が1998年に発表した小説「印章のない国家(State Without A Seal)」を元に、今作のプロデューサーであり演出家のヒーロー・バートルが舞台化した「モンゴル・ハーン」。

【あらすじ】

2000年前のモンゴル帝国。
二人の王妃が産んだ王子― しかし、一人は王の血を引かぬ子だった。
王位継承を巡る陰謀が渦巻く中、裏切りの策略により、二人の王子はすり替えられる。
偽りの王子が戴冠され、やがて王国は混乱と悲劇の道を辿る。
真の王子が王座を奪還する時、復讐に燃える男が立ちはだかる ―。
血塗られた権力闘争の果てに、生き残るのは誰か?
愛、裏切り、そして王権を巡る壮大な叙事詩。

撮影:阿久津知宏

アニメーション・イラストレーターとしての経歴を持ち、映像クリエーター、映画監督としてモンゴルの芸術・エンタメ分野の第一人者としての顔をもつバートルの演出はロンドンの劇評にもあるように、これまでに観たことのない視覚効果に溢れていた。

(c) Nobuko Tanaka

劇場にはイラストレーターでもあるバートル氏が描いたモンゴル・ハーンのイラストが展示されている

撮影:阿久津知宏

大きな舞台装置などは無い代わりに、舞台セットで見せるべき視覚情報、ストーリー展開を表現しているのが50人というパフォーマー(コロス)たち。彼らは、時に風になり、剣の軌道となり、欲情を表す身体、血と肉となり、登場人物たちの心情を見事に表現してみせる。

撮影:阿久津知宏
撮影:阿久津知宏

そんなコロスのアクロバティックな、一糸乱れぬ動きのバックアップを得てこの人間の性をあらわにした愛憎劇をドラマティックに仕立て上げるのが6人のメインキャスト(アーチュグ・ハーン(王)、エゲレグ首相、ツェツェル正妃、ゲレル側妃、アチール王子、クチール王子)たちだ。

撮影:阿久津知宏

左ー>右 ドルジュスレン・シャダヴ(アーチル王子)、ドゥルグン・オドゥフー(ゲレル側妃)、ボールド・エルデネ・シュガー(エゲレグ首相)、エルデネビレグ・ガンボルド(アーチュグ・ハーン)、オドンチメグ・バッドセンゲル(ツェツェル正妃)、サムダンプレフ・オユンサンバー(クチール王子)

王でありながら悲劇の主人公となってしまうアーチュグ・ハーンを演じるのは60作以上の舞台、17本の映画に出演しモンゴルの演劇界を牽引し続けてきた俳優エルデネビレグ・ガンボルドは終演後に日本からのプレス対応の中でハーンを演じることについて、こう話してくれた。

撮影:阿久津知宏

ハーンを演じるエルデネビレグ・ガンボルド

「劇場には2時間前に入って、メイクアップ、心の準備をしてハーンになります。メイクアップをしながら今日はどう演じようかと考えます。それは毎日違うのです。映画と違って演劇の俳優は毎日ライブで観客と対峙するので、その日その日の演技をすることになりますし、それが舞台俳優の面白いところです。」

「フィクションなのでモデルはいませんが、作家のルハグヴァスレンが自然と人物像が浮かぶような描写をした人物を描き、演出家のヒーロー・バートルが実際に舞台に出現させました。大掛かりなセットなどは使わず、全て人で、ダンスやムーブメントで目に浮かぶようなイメージを表現しているのが、観客に伝わっていくのだと思います。」

まさに目から鱗の、人が創り出すパワーを駆使してのスペクタクルな舞台に加え、映像監督でもあるバートルならではの美しく迫力ある映像美、そしてバートルが世界に紹介したいと願うモンゴル文化、例えばホーメイ(喉歌)歌唱や伝統楽器馬頭琴の音色、伝統音楽や舞踊などがふんだんに取り入れられているのも見逃せない魅力となっている。

さらに、「ライフ・オブ・パイ」のパペットデザインでトニー賞にノミネートされた英国人ニック・バーンズが創作した権力のシンボルである火を噴くドラゴンのパペットがインパクトのある見どころを加え、舞台を華やかに盛り上げていた。

そして、ロンドン、シンガポールが魅了されたもう一つの大きな要因が全編を通して目を引くモンゴルの伝統的な民族衣装だ。衣装班が考古学者や歴史学者、アーティスト、工芸者たちの協力のもと作り上げたという赤色を基調としたところにゴールドが映える衣服と被り物、思わず細部にまで目を凝らしてしまう麗しさだ。

撮影:阿久津知宏
撮影:阿久津知宏
撮影:阿久津知宏

左:クチール王子役 サムダンプレフ・オユンサンバー

右:ゲレル側妃役 ドゥルグン・オドゥフー

撮影:阿久津知宏

アーチュグ・ハーン役 エルデネビレグ・ガンボルド

モンゴル、ロンドン、シンガポール、そして日本へと旅を続ける「モンゴル・ハーン」、プロデューサーであり日本公演では英国公演に続けてツェツェル正妃役としての出演が予定されているバイラ・ベラによると2026年にはブロードウェイを含んだ米国ツアーも予定されていると言う。

(c) Nobuko Tanaka

バイラ・ベラ

さあ、これであなたも、まだ知らない世界だったモンゴルを体験したくなったのでは?

この機会にモンゴルがたっぷり詰まった「モンゴル・ハーン」でモンゴルの風と3000年の歴史を身体で感じ取ってもらいたい。

日本モンゴル友好記念事業
 『The Mongol Khan(モンゴル・ハーン)』Japan Tour 2025

【日程】 
 <東京>2025年10月10日(金)~20日(月) 

東京国際フォーラム ホールC


<愛知>2025年10月24日(金)~26日(日)

愛知県芸術劇場 大ホール

詳細は

https://sunrisetokyo.com/detail/29881

https://themongolkhan.com

2人のプロデューサー、ヒーロー・バートルとバイラ・ベラの個別インタビューも別ページでどうぞ