世田谷パブリックシアターで橋本ロマンスの「饗宴/SYMPOSION」がいま始まる

橋本ロマンス

ダンス界に現れたスーパーノーヴァ、橋本ロマンスをご存知だろうか。

コロナ 禍目前の2019年に初めて作品を発表すると、いきなりそのデビュー作「トーキョー・ミステリーサークル・クラブバンド」が東京・青山にあるスパイラルが若手アーティストの発掘を目的としたSICF20(SPIRAL INDEPENDENT CREATORS FESTIVAL)、 PLAY(パフォーマンス作品)部門でグランプリを受賞。その9ヶ月後には「サイクロン・クロニクル」で新人振付家の登竜門である横浜ダンスコレクション新人振付家部門で最優秀新人賞を受賞し、一躍注目を集める存在となった橋本ロマンス。そんな橋本の新作「饗宴/SYMPOSION」が7月3〜7日、世田谷パブリックシアターで上演される。

折しも、日本中がコロナで停滞していた時期に突入したことで横浜ダンスコレクションの副賞である受賞作品公演の予定がたたないまま1年間を過ごした橋本は2021年に入りコロナ感染予防対策ガイドラインを遵守した形での副賞の劇場公演(横浜にぎわい座 のげシャーレ)を果たす。それまではコンペティション向けの作品ということで十数分の小作品を創作してきた橋本だったが、思わぬコロナの恩恵(おまけ)として、副賞公演で初めての1時間ほどの作品発表の機会を得ることとなった。と言うのも、通常は海外のアーティストの招聘作品とあわせた2作品の上演形態である受賞公演が、この年はコロナの影響で海外からの渡航が難しく、橋本の作品の単独上演と変更になったからだ。

「直前までその状況で公演をやるかやらないか、ということを制作サイドと議論しました。1年間何も創作していなかったということもありましたし、そもそも私のキャリア自体がコロナとともにスタートしているようなものなので、何を一番優先して作品を作るべきなのかということを考えたからです。自分達が作品至上主義になっていたのではないかと疑うところから始まり、その上でキャストの健康と創作に関わる人たちの心身の安全が確保されるような労働環境を作ることがまずは最も重要であるという考えから上演の可否をめぐる話し合いをしました」と橋本は振り返る。

そして、作品作りにあたるための環境を模索しながら、初めての長編作品として出来上がったのが「デビルダンス」。死と向き合いながら踊る、まさにコロナと生きる我々の姿を舞台にのせて確かな手応えを得た。

「コロナということで席数を減らしての上演だったので、実際に観た人は100人弱ぐらいだったと思いますよ。でも、その中に今回「饗宴/SYMPOSION」を上演する世田谷パブリックシアターの芸術監督である白井晃さんがいらしたというのは本当に奇遇ですよね。パンデミックの状況で、招待する側としてもある意味気が引けるというのがあったのですが、横浜で上演するので、当時KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督だった白井さんと、その後その職を受け継ぐことが発表されていた今の芸術監督、長塚圭史さんを招待するように提案しました。」

そのきっかけが後の縁となり、白井は橋本に自分の演劇作品、高橋一生主演の一人芝居「2020」(2022年、PARCO劇場)のステージング・振付、さらにダンサーとしての出演を依頼。さらに今回の世田谷パブリックシアターでの新作公演へと繋がっていったというわけだ。

2020年がコロナで停滞していた反動か、2021年は、「デビルダンス」の他に伝統芸能の義太夫節を取り入れた「江丹愚馬(えにぐま)」、出演者の半数にモデルを起用し、現代を生きる若者たちの生きづらさを表現した「Pan」と精力的に新作を発表、毎回新しい表現に取り組んだ年となった。

(c) Nobuko Tanaka

「私が見てきたところでは、基本的にダンス公演の観客層って固定されていて、客席の後ろから観客席を観察するとちょっと白髪が混じった年齢層の方が大半だったんですよ。それが『Pan』の上演の時は違って、とてもカラフルな風景だったのが面白かったです。すごく派手な髪色の子と白髪の人が混ざっていて、“お、いつもと違うぞ”と思いました。(笑)それは良いことだと思いましたね。」

今回上演される「饗宴/SYMPOSION」について、2月に行われた劇場のプログラム発表会で橋本はその創作動機を「10月7日のできごと以降、自分のアーティストとしての技術をどう使うべきかということをすごく考えました。その答えとして、現代社会において透明化(存在しないことに)されている問題を示していきたいという考えに辿り着きました」と話し始めた。

そして「古代ギリシャの哲学者プラトンの「饗宴」を題材に、知識階級のアテネ市民たちが愛についての演説を行なっていく「饗宴」という対話篇を批判的な視点から、2024年の東京で“饗宴”が行われるとしたらそこには誰が、どんな人が参加してどんな愛が語られるのか、現代の東京において私たちが安全に愛を語ることが出来る場所は存在するのかを、今回この作品を通して考えたい」と続けた。

「プラトンの「饗宴」をモチーフにしようと思ったのはもっと前、2022年くらいの頃です。今読みかえすと、そこで特権階級の人たちによってのみ語られる愛というのがとてもグロテスクに感じられました。創作はそこへの批判的な視線から出発しています。特権階級だけが集まって語る愛ってそもそも何なのだろう、それ自体今では何の意味も持たないのではないかということです。」

橋本は今作はプラトンの「饗宴」をなぞっているものでは無いと強調する。

「社会の中で透明化されて無きものとされている人たちこそがその愛を語る場を獲得するべきだと思うし、この国にはそれを語ることのできる安全な場所はもう存在しないかもしれないと思っています。と言うのも、マイノリティー差別が酷すぎて、例えばホモフォビア、トランスヘイト、レイシャル・プロファイリングなど、人間ではないぐらいの扱いでラベリングされている人たちが増えていると感じています。今、パレスチナで起こっていることもそれと同様で、無視できないことの一つです。

「私に与えられたこの貴重な作品発表のプラットフォームで何を言うか、そこで何ができるのか、ということを第一に考えたいし実践していきたいと思っています。作品は参加者みんなで考え創っていくものなので私の一存では決まりませんが、そこにやはりパレスチナのことも盛り込んでいきたいと考えています。」

2024年の饗宴のキャストに関しては橋本が「この人の話を聞いてみたい」、「この人とこの作品を通して対話をしてみたい」と思った人に声をかけたと言う。

その顔ぶれはダンサー(Chikako Takemoto、田中真夏、湯浅永麻)にとどまらず、俳優(野坂弘)、ミュージシャン(池貝峻)、東京芸術大学大学生(今村春陽)マルチメディアアーティスト(唐沢絵美里)と多岐にわたっている。そして音楽をバンドyahyelで池上と共に音楽活動をしている電子音楽家篠田ミルが担当する。

出演者(左上から時計まわり):池貝峻、今村春陽、唐沢絵美里、Chikako Takemoto、湯浅永麻、野坂弘、田中真夏

篠田ミル

「私は集まってくれたこの出演者たちにこの作品を使ってもらいたいと思っているんです。なので、私が言ったことをそのままやるのではなく、一人一人がやりたいことを試す場にして欲しいしそんな提案をしてくれる人たちを選びました。」

橋本は一緒にクリエーションをする仲間を集めるため、稽古1〜2ヶ月前から出演者と会い、彼らが普段考えていることなどをざっくばらんに話す機会を持つと言う。そこで得た情報、印象からそれぞれの作品内での立ち位置を決め、それを持ち帰って自らがノートにまとめ、作品の振付、構成を決めていくといった方法をとっているのだそうだ。

「今回も全員が集まって稽古を始めたのは6月からなのですが、実際には5月には私のノート上では振付が全部終わっていました。それを全員が集まった際に、一旦、まずは私のアイディアということで渡しました。稽古が始まって1週間ぐらいで、まずはある一連の形は出そろいます。その後、出演者たちの体感というものがそこに乗ってくるので、何か提案が出ればそれを反映していきます。初めからみんなで一から創っていくというやり方もあると思いますが、それだと演出の責任がどこにあるのかわからなくなると言うか、演出家としては少し無責任だなと私は思うので、なので“これが私のプランです”というものを用意して、彼らのリアクション、こうしたらどうかというものを受けてそれを活かしていきます。私の方からみんなが自由になれる枠をまずは提供することで、みんながさらに安全に遊ぶことが出来ると思っているからです。

「なんで私がダンスを創っているのか、アーティストとして活動しているのかというと、私は人が何かにチャレンジしている、その勇気が見える瞬間というのを何よりも大事にしているからだと思います。例えば、ダンステクニックがとても優れているというものには私自身はあまり興味が無く、それよりもパフォーマンスをする前と後で、その人に何らかの変化が起きるかどうかが大切なんです。それがないとパフォーマンスをやる意味はないとさえ思っています。ダンスによってその人に変化を起こせるかどうか、そこに私の創作することの希望を感じています。一人の人間が変わっていこうとしている姿を目の前で見ることで、観客も出演者も何らかの思いを抱くはずです。なぜパフォーマンスをするかというと、それは何かを変化させたいからに他ならないと思っています。そこには生身の人間同士だからこそ感知できる何かがあるはずですし、それこそがライブパフォーマンスの醍醐味だと信じています。」

観客へのメッセージとして橋本は「『饗宴/SYMPOSION』を観て、“何だ、これは?”と居心地悪く思う瞬間があったとしたら、何でそう感じるのかをぜひ考えてみて欲しいと思っています。普段この劇場で観るダンス公演に比べると、多分見づらいものになるはずです。例えば“一体何を言われているんだろう”と感じたり、いわゆる美しさを提供しているものでもないし身体的な技術を見せるものでもないとしたら、“何を見れば良いのだろう”と不安になったら、むしろなぜ自分はその居心地の悪さを感じているのかを考えて欲しいと思います。自分自身に“なぜ自分は今そう思っているのか、”“何が普段と違うと感じているのか、”“逆に自分は何を期待してここに来ているのか、”と言ったことを考えてもらう時間になったら良いなと思っています」と話す。

高校生の時にそれまでの優等生的な自分の殻を破り、自分が呼ばれたい名前「ロマンス」—ロマンチックでありたい—という名前を自ら選び使い始めたという橋本が問う、今の日本で透明化された人たちの愛についてのパフォーマンス「饗宴/SYMPOSION」で新たな自分に出会ってみてはいかがだろうか。

(c) Nobuko Tanaka

「饗宴/SYMPOSION」

期間:7月3日〜7日 

会場:世田谷パブリックシアター(東京、三軒茶屋)

詳細は https://setagaya-pt.jp/en/stage/15708/