「宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓」 境界を超えて、その先へ

活動の早い時期から国境を越え世界をまたにかけて活躍を続けてきたチェルフィッチュ主宰の作家・演出家の岡田利規が新たなクロスバウンダリーを起こそうとしている。

それが岡田の書き下ろし新作公演「宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓」で取り組んでいるノン・ネイティブ(日本語が母語ではない)日本語話者との演劇プロジェクトだ。

(c) Nobuko Tanaka

近年、演劇における様々な意味での因習的な、時に“こうあるべき”といった思い込みからのジャンルの棲み分けのような暗黙の境界線を軽々と飛び越える試みを積極的に行なっている岡田。

例えば、それは海外演劇人との積極的なコラボレーション(タイの小説家ウティット・ヘーマムーンとタイの演劇人と創作した「プラータナー:憑依のポートレート」(2017年)、ドイツ、ミュンヘンカンマーシュピーレで現地の俳優たちと計4作品を創作し上演(2016〜2019年)など)に始まり、ある時は現代演劇でありながら古典芸能の能や歌舞伎の要素を取り入れた作品を発表(「NŌ THEATER」(2017年)や「未練の幽霊と怪物―「挫波」「敦賀」―」(2021年))してきた。2022年の夏には世界的なコンテンポラリーダンサー湯浅永麻とのコラボレーションで語りを含むダンス作品を上演。その都度、観客たちの思い込みの意識を覚醒させてきた。

今回、岡田が観客に問うのは「舞台における日本語」に関しての我々の刷り込み認識について。ドイツの創作現場でドイツ語がノン・ネイティブの役者たちがドイツ語を流暢に話せるかどうかではなく、本来の演技力—岡田の言葉を借りると“想像から生まれる言葉と仕草”—により評価されているのを目撃した岡田の同じことを日本の演劇、日本語の演劇でも起こすことが出来るはずだ、という思いからノン・ネイティブ日本語話者たちによる実践プロジェクトを始動したのだ。

2021年9月に第一弾ワークショップが開催され、計4回のワークショップを経てオーディションで選ばれた4人のノン・ネイティブ話者の俳優*、そして2人の日本人俳優**たちが8月4日開幕の東京公演、そして9月30日開幕の京都公演(KYOTO EXPERIMENT 2023のプログラム)で日本語上演舞台の新しい1ページを開ける。

*徐秋成 / Qiucheng Xu (出身:中国)

ティナ・ロズネル / Tina Rosner (ハンガリー)

ネス・ロケ / Ness Roque (フィリピン)

ロバート・ツェツシェ / Robert Zetzsche (ドイツ)

**安藤真理 / Mari Ando (日本)

米川幸リオン / Yonekawa Kou Leon (日本)

8月、9月の舞台公演だけではなく、多国籍による創作を過程の段階からなるべく多くの人に目撃してもらいたいという岡田の希望もあり、稽古見学を制作のプリコグが自発的に勧めているのを聞き、早稲田の稽古場へと足を運んだ。そこで行われていた多国籍演劇創作の現場をレポートするとともに、岡田へのインタビューから今回のプロジェクトの目指すところを考察する。

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(c) Nobuko Tanaka

稽古前半、テーブルを囲んで読みあわせが行われている。そして休憩を挟んだ後に、立ち稽古が始まった。

資料として配られた「宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓」にはすべてひらがなで読み仮名がふってある。日本語ネイティブの日本人俳優も、日本語が外国語であるノン・ネイティブの参加者も皆同じように、書かれている文字をひとつひとつ読み込み、それを発音していく作業を根気強く繰り返している。

丁寧にセリフを喋る役者たち。それを見つめる岡田は演出にあたり、なぜ彼が提案する話し方、間の取り方の方が良いのか、論理的、かつ懇切丁寧に説明を試みている。その説明は省略されることなく、シーンごとに毎回必ず行われていた。その際に「日本語ではこのように言うから」とか「こう言った方が日本語として自然だから」といった母語として日本語を話す立場からの指摘がされることは一切なかった。

あるシーンで俳優自らが途中でセリフを言うのを止め、もう一回初めからやり直させて欲しいと提案した際には「なぜ止めたの?自分の中で何が問題だと思ったのかな?」と、岡田は逆に質問を投げかけていた。俳優の身体の中で起こった言葉の齟齬の感覚を捉えようとしていたようだ。

「宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓」はそのタイトルにある通り、はるか宇宙で宇宙船に乗り合わせた違う国籍の人々、さらに人ではない他の惑星の者、最先端のロボット(この2つの役を日本人が演じている)が一同に地球から離れたところで共同作業をする話だ。どの人にとっても未知である宇宙が舞台ということで、たとえ日本語で語られる会話劇であっても宇宙船の中では全員が平等に地球人であり、よって日本人だからという特権はそこでは通用しない。

「このプロジェクトに際し、どこを舞台にしようかなとなった時に地球上のどこでもダメだな、と言うのは真っ先に思いました」と、宇宙の話にした経緯を語る岡田。

続けて「今回のプロジェクトは「日本語」についてのプロジェクトであると思っています」と話し、そもそもなぜこのノン・ネイティブの話者による上演企画を立ち上げたのかの説明をしてくれた。

「それと言うのも、これまで舞台上で聞く(ネイティブによる)日本語がすごく“硬直”している、“形骸化”しているなと思うことが多々あったからです。簡単に言えば、聞いていてセリフが自然に耳に入ってこないようなことがたびたびあったということです。ネイティブの話者にはこう書かれていたらこのように言えば自然に聞こえるだろうといった予定調和の前提があって、そこにネイティブの自然なイントネーションがのると、俳優たちはそれでよし、としてしまうのです。しかし実際には観客にはあまりその日本語が入ってこない、ということがあると思うのです。」

岡田はノン・ネイティブの役者たちにはその予定調和というものがもともと無い分、舞台上で話される日本語のセリフは形骸化しないアドバンテージがあり、その結果として、彼らが話す日本語のセリフは観客には自然に入ってくるようになるだろうと考えていると話す。今回はそんなノン・ネイティブたちが発する日本語がしっかりと客席にいる人々に届く舞台に、多くの観客が驚くというような結果になるのではないかと期待していると語ってくれた。

稽古の途中、演出のキーワードとして「お話し会のように」と言う言葉を岡田がたびたび使っていたのが気になった。それについて尋ねると「僕らがいつも稽古の最初にやっているワークショップのことですね。ある人が最近自分の身に起きたちょっとした出来事を話して、次に別の人がその真似をして同じ話をするというのをやっていて、そのことを「お話し会」と呼んでいます。その際の話をする人、話を聞く人、ということの関係性がすごく良いので、そういう感じで演じましょうという意味で言っています」とのこと。

この「お話し会」ワークショップについては、これまでに2回、岡田のノン・ネイティブ対象の演劇ワークショップに参加し、東京藝術大学でインターカルチュラル・パフォーマンスを研究している張藝逸が今回のプロジェクトの報告レポート(chelfitsch note「他者とつなぐインターカルチュラル的な演劇の新様式」)[NE1] 欄外参照 の中で実体験を通して語っているのでここに記しておく。

「表現する側は自分の想像に基づいて、日本語と自分の身体で他の人に伝えることを求められます。同時に、それを受け取る側は、その表現から想像を膨らませて表現者が伝えようとしたものを理解します。両側の想像を成り立たせる媒介は、ネイティブによる「正しい」日本語ではなく、伝えるためにその場で創ったその人の言葉です。誰もがその言葉のネイティブではないからこそ、より一生懸命に聞いて理解して想像することができると思います。」

さらに、「正しくない日本語による違和感は思考を促す切り口として、他者と自己を再考するという演劇の本質に還元できるのではないかと思います」と分析している。

つまり予定調和による「正しい日本語=流暢な日本語」ではそのまま通り抜けてしまうかもしれないセリフも(外国人)話者のアイデンティティーを含んだ発話で表現することによって、そこに話者について想像するという一手間が加わり、今よりも多様な表現の可能性が期待できるということをこのプロジェクトでは企んでいるのだと稽古見学から感じた。

「この作品を見たら、観客たちには日本語ということについていろいろと思うことがあるだろうなと思っています。それが起ればある意味で目標達成です」と岡田。

「さらに言えば、これをプラットフォームとしてもらって日本語が母語でない人たちが舞台上で日本語で演じるということが日本の演劇の中でもっとたくさん起こったら良いな、と。そういうことに少しでも貢献できることのプラットフォームを作れたらと思ってやっています。」

ノン・ネイティブの人が日本語の舞台創作に加わるという新しいプラットフォームがさらに認知され、継続、発展していくことを望んでいるという日本で最も国際的な演劇人の一人である岡田利規。

彼が思い描く今の時代に即した、そして将来を見据えたダイバーシティな演劇の未来には、まだまだ計り知れない可能性が待っていると信じたい。

(c) Nobuko Tanaka

「宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓」公演詳細

8月4日−7日 吉祥寺シアター (東京)

9月30日−10月3日 ロームシアター京都ノースホール(京都)

日本語上演・英語字幕 問い合わせ先:Tel 03-6825-1223 またはhttps://chelfitsch.net/


 [NE1]https://note.com/chelfitsch_note/n/ndc9fb058d4cd