The Guardian記事より
「これまでの人生でこれほど恐怖を感じたことはない」と話すのは日本でも人気の高い振付家でダンサーのアクラム・カーン。「相手を殺すための訓練を積んできた第一線級の男たちと同じ部屋にいたんだけど、彼らはまるで猫がネズミをもてあそぶように僕のことを扱ったよ。」
チャンネル4の新ドキュメンタリー番組でカーンは彼の人生にずっと付きまとってきたもの、ダークサイドのもの=バイオレンスについて掘り下げることにしたのだ。
「人生経験の一つとして、死の境界線まで近づいてみることも時には必要なのかも」と自宅からビデオインタビューに答えてくれたカーン。「自宅の部屋の安全なところから、危険に立ち向かう誰かの姿をテレビ画面を通じて観ることで我々はエキサイトを得ることが出来るんですよ。」初めはそんな覗き見的な興味が彼をMMA=総合格闘技の世界へと誘ったと言う。さらにそこに「鍛えられたファイターたちのバイオレンスはダンサーとしてのバイオレンスとはどう違うのか」と言った問いが立ち上がったのだった。
八角形のリングで行われる流血まみれで制限のない一発勝負、総合格闘技は近年その人気に拍車がかるばかりで、アイルランド人Conor McGregorやロシア人Khabib Nurmagomedovなどのスターも輩出している。なぜこれほどまでに粗野で残忍なスポーツに人気が集まるのか。カーンはそれを解明すべくジムでトレーニングをする3人の英国トップクラスのファイターたちのところに参加、自らの目で検証したのだ。
「ダンサーにとって唯一の敵は自分自身、パフォーマンスの最後まで自分自身と戦いながら演技を終えるのですが、彼らの場合はリングの中で敵対する相手を倒すことを目的に日々鍛錬しているんです」とカーン。「どちらのバイオレンス(激しい動き)行為もそのストーリーを観客へ伝え、そして大いに盛り上げるためのものなんですが、それぞれのねらいは違います。精神的にも肉体的にも極限まで導くものはバイオレンスとして現れます。」
その1時間ほどのドキュメンタリー番組の中でカーンがどちらかと言えば及び腰で総合格闘技に懐疑的な人間から熱心な信望者に変貌していく姿を目撃することとなる。彼はウェンブリーアリーナで試合をする3人のファイターたちに大声で声援を投げかけ、そしてBrazier選手がリングに登場する際の登場の動作を振り付けていた。
「ファイターたちには驚きました、なぜなら彼らはとても哲学的に何をすべきかを考えているからです」とカーンは話す。「例えばMikeはカール・ユングを引き合いに出して、いかに我々が制御された方法によるバイオレンスを会得することが必要なのかを話してくれました。Pageにとって総合格闘技は最高のエンタメ、彼の幼少期からのヒーローであるブルース・リーを踏襲するものなんです。Terryの場合、彼はとても暴力的な子供時代を経てその延長でアフガニスタンでファイトを繰り返していました、そしてトラウマとなるような経験をしたのです。なので総合格闘技は彼のそんなフラストレーションを切り替える役目を果たしているのです。彼らのバイオレンスは完全に統制のとれたもので怒りにかられたものではないのです。」
カーンは80年代に彼の父が経営するインディアンレストランで働きながら育った。そこでは常に人種差別がつきまとっていたのだ。「私が十代の頃はこの世で誰が一番強いのか、といったことに取り憑かれていました。近所の有色人種の子供たちとグループを作って、当時優位についていた白人至上主義の人種差別主義の子達と喧嘩ばかりしていました。ですが、あるとき友人が喧嘩の中で他の子を実際に傷つけてしまったのを目にした時にこれは自分のやるべきことではないと気づいたのです。」
そこで、そこからカーンは彼が言うところの「ダンスの共感性」、つまり自分の身体とそれに対する他者の身体からなる感情の一体化へと傾倒していくことになる。「我々は個々の身体から離れてきています。なので共感がこの世から失われてきているのです。」と彼は言う。「ダンスは言葉を使わずに人間の有様を表現します。時に湾曲的に、そして政治的に。シンプルにそれらを伝えるのです。」
「Braizierに振り付けた一連の登場のダンスはすっかり格闘技ショーの一部となって観客も受け入れていました」とカーン。「その後に話した人たちは皆、すごくいつもと違った経験だったと話していました。それは違った環境での動作がどれほど異なった印象を与えるのかを知る良い経験となりました。」
その後もカーンは彼らの活躍に注目し続け、さらにはブラジル柔術を習い始めた。「踊り始める時には、戦士の僧のような気持ちになります。どこか神聖で、それでいて平和な心持ちです。あの総合格闘技の経験はそれとは全く逆のものでした。ですが、あの経験は別の方法で私に生きていることを感じさせてくれたのです。」
コロナの蔓延がカーンの通常の多忙な日々を停滞させたがその間彼は他者との共感について考え続けている。
「今は模索しているところですが、とにかく私の考え方を変えなくてはとは思っているところです。この現状を我々がこれまで自然や世界中の人々に破壊を招いてきた事について考える休止の好機と捉えなくてはなりません。人類最古の儀式として、みんなで集まり音楽やダンス、演劇を通してストーリーを分かち合うことを切に願うようにしていきたいです。それらの事がなくなってしまったら、人間である意味もなくなってしまうでしょう。」