このところ英国のメディアで頻繁に取り上げられ、物議を醸しているのが「英国演劇の存続の危機。」The Guardian紙のポッドキャストによるホットなニュースを取り上げる日替わりコーナーではこの問題について、現場の声を聞きながらレポートをしている。
スコットランド北部、ハイランド地方にある老舗の地方劇場Pitlochry Festival Theatre (ピトロクリー劇場)の芸術監督であるElizabeth Newman、ウェストエンドの名プロデューサー キャメロン・マッキントッシュ、演出家サム・メンデス、ガーディアン紙の文化欄担当Lanre Bakareの声を交えいかに英国演劇が今、危機的状況にあるのか説明している。
スコットランドPerthsire(ペースシャ)地方で最も多くの従業員を有する(約100人)ピトロクリー劇場の長であるNewmanは「第二次世界大戦直後、荒廃した状態の人々の生活を豊かにする為に福祉の充実と共に国が手がけたのがアートや文化の充実でした。その考えから1946年にArts Council Great Britainが発足、その当時から劇場はアーツカウンシルの助成金を受けてきたのです。私が就任した1年半前頃には経営が赤字状態だったのですが、その後徐々に回復してこのコロナ騒ぎの前には黒字に転換してきていました。」ところが、3月17日にジョンソン首相が国民へ向けて「不要不急の外出、人とのコンタクトが生じるような場所は避けてください、例えばパブ、クラブ、劇場などです」とメッセージを出した時、彼女は「あ〜、これでは保険会社から—営業が可能でない状態—という理由での保険金は下りないな」と悟ったと言う。なぜなら、国は劇場側へ営業を停止するようにと要請したのではなく、国民へ「行かないように」と提言したため、国からのお墨付きの閉鎖ではなくなったからだと言う。結果、その通りに保険金は下りず、それにより新たに大きな経営の危機が迫っていると言う。
ちなみにこの劇場が地元の産業を支えているように、英国では毎年3千400万人にもの人々が劇場を訪れていて、この数はサッカープレミアリーグの観戦者数の2倍にあたるそうだ。一方で、プレミアリーグの収益が多種に渡るのに比べ、劇場の収入はその大部分がチケット売り上げ、当日のバーやカフェの売り上げなどお客様の消費に関わっているので、そのお客様を締め出して閉鎖している現在は収入が限りなくゼロに近くなっていて、このままだとどの劇場の経営も急降下の道をたどることになる。実際、すでに経営破綻に追い込まれた劇場も出てきていると言う。特にアーツカウンシルの助成金を受けていない劇場、COVID-19以前はプラチナチケットも出回っていた成功している(た)ウェストエンドの劇場などは深刻な経営難に陥るだろうとBakareは分析する。
ウェストエンドのプロデューサー、マッキントッシュも「たとえソーシャルディスタンスの縛りが解かれたとしても、完全な形で劇場が再開できて客が劇場に戻ってくるまでにはその後4〜5ヶ月はかかるだろう。そうなると1プログラムに200人ぐらいが関わっている我々のような大規模なプロダクションがその間持ちこたえられるか、疑問だ。」と話している。
3月末にアーツカウンシルイングランドは緊急救済措置として1億6千万円の追加資金注入を発表したがBarkereによるとこの金額も各団体に分散させたら、焼け石に水のようなものだろうと話す。
一方、Newmanはそれでも劇場はどうにかして存続していかなければならない。スコットランド、そして地元のアート愛好者のためには必要不可欠な場所だからと語気を強める。そのために今できること、オンライン配信や電話でのチャットサービス、絵本の読み聞かせプログラムなど様々なプログラムを用意して再開の時を待っている。「人員を削減するなどしてどうにかやりくりをしないと、このままでは11月には倒産するでしょう。」とNewmanは言う。
「公的資金の援助が厚いドイツなどでは80~90%の資金を助成金から当てているけれど、例えば私たちの劇場では85%のお金を自分たちで捻出しないとならないのです。」
彼女は何も昔のように全てを公的資金に頼るようなシステムにする必要はないと思っている、としながら、それでもこの緊急事態においてはその穴を埋めるため、政府の資金援助が必要だと訴える。
サム・メンデスも「この状況を救えるのは政府の資金援助以外にはないだろう。第二次世界大戦以降初めての英国文化の壊滅的な危機を救うため、政府の援助こそが今もっとも重要なこと」と述べている。
The GuardianのBarkereはこのところの英国演劇界の躍進、様々な多様性(diversity)が見られ—内容的にも組織の中でも—社会的な問題も多く扱われている充実した流れがこのコロナの影響により、ビジネスとしてもいわゆる安全な、想定内のプログラムが多くなっていかないかどうか危惧していると話す。
Newmanは最後に「1946年に我々が採った道(Arts Council GBの発足年)、芸術を振興して人々の生活を繁栄させる、芸術によって文明的な生活を築いたということを今こそ思い起こさなければと思います。もし、我々が平等な社会を構築したいと強くのぞむならば、芸術や文化を通して意見を交換したり、考えを共有したり、そのようなことを試みることがとても重要なんだと思います。」と語った。