「泣かないで」稽古写真
舞台と言えばまず“ミュージカル!”が当たり前という今日において、ミュージカルと一口に言ってもその形態は多岐に渡っている。海外制作ミュージカルの招聘舞台、劇団四季や東宝、ホリプロなどの海外作品の日本人キャストによる日本語上演舞台、唯一無二のミュージカル上演を続ける宝塚歌劇団、そして20年ほど前から年々動員数を増やしミュージカルブームにも大いに寄与している2.5次元ミュージカル(漫画やアニメ、ゲームを原作としたミュージカル作品)、と嬉しいことにその選択肢は広がるばかりだ。
その他にも多くの劇場、劇団が新たにミュージカル上演に意欲を示していてミュージカル界はまさに百花繚乱、その勢いは衰える兆しがない。
その中でそんなブームもどこ吹く風とばかりに1987年の創立から一貫してオリジナルミュージカルの上演にこだわってきたわが道を行くカンパニーがある、それが音楽座ミュージカルだ。
来る6月9日〜11日、音楽座ミュージカルの代表作の一つ「泣かないで」が東京の町田市民ホールで、続けて大阪、名古屋で上演される。
遠藤周作の小説『わたしが・棄てた・女(1963年)』を舞台化した「泣かないで」の初演は1994年に遡る。その舞台を客席から観ていた原作者が「自分の作品でこんなに泣くとは、思わなかった」と流れ続ける涙にハンカチ2枚を費やしたというエピソードが残っている名作はどのようにして生まれたのか。音楽座が36年間追い続けているものとは、彼らが目指すものとは何なのか、チーフプロデューサーの石川聖子さんに四谷にある本社で話を聞いた。
「泣かないで」稽古写真
・創立者相川レイ子と音楽座
このところのミュージカルブームをどのように受けとめているのかを尋ねると、いきなり思いもよらぬ答えが返ってきた。
「うちはもともと“ポツンと一軒家”なものですから、いわゆる演劇業界にはそれほど馴染みがないんですよ。(笑)
「創立者相川レイ子は大学で演劇を専攻したり、演劇を勉強したり、脚本家、演出家を目指していただとかスタッフや俳優の経験がありますと言う人間ではなかったので、1987年の発足当時は異端だと言われました。彼女は映画が好きで本、それも宇宙論とか物理学、哲学だとかの本をよく読んでいましたね。自分が表現したい揺るぎない何かがあったのは明白です。そこで、従来あるメソッド、つまりミュージカルとはこういうもので演劇とはこう作るものといった制限を感じることなく、彼女なりのやり方で独自のものを作り続けてきたんです。それが音楽座です。」
創立者相川レイ子
石川は音楽座の作品は2016年に逝去した創立者の個人的な欲求、どんな困難にも立ち向かい、彼女自身が強く生きていくために作られたもので、商業面で利益をあげることは相川にとっては二の次だったと話す。
1979年に教育(「早稲田塾」)と文化(「音楽座ミュージカル」)、飲食事業(レストラン)の3本柱で株式会社サマデイを始動させた相川は初めからミュージカル制作に着手したわけではなかった。と言うのも、念願であるミュージカル制作にお金がかかることを熟知していた彼女はそれを可能にするには資金調達から、ということで教育、飲食事業を軌道にのせた後、満を辞してミュージカル制作事業に乗り出したのだ。
そんな彼女の思いが詰め込まれた記念すべき音楽座の第一作(1988年初演)、社会的弱者である若者がある出会いを機に成長していく様を描いたオリジナルミュージカル(筒井広志氏の『アルファ・ケンタウリからの客』が原作)「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」は大きな反響を呼び、定期的に再演を繰り返すカンパニーの代表作となった。さらに2020年にはライセンス貸与公演として最大手のミュージカル興行会社東宝の制作により今のミュージカルブームを牽引している俳優井上芳雄主演による舞台(演出:小林香)となり、さらに多くのファンを魅了し続けている。
「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」舞台写真
石川は当初異端と言われた音楽座が様々な賞(読売演劇大賞、紀伊國屋演劇賞、文化庁芸術祭賞など)の常連カンパニーに発展していった様を相川のすぐ隣で目撃してきた人物で、彼女は何もないところから出発し、早くから着実に成果をあげてきた相川レイ子がミュージカルというツールを選んだ理由をこう分析する。
「相川は『言葉の説明によるものよりもっと皮膚感覚で感じるものを届けたい。音楽とか抽象性が高いダンス、そういうものをふんだんに使ったミュージカルが一番良い方法だと思うのよね』と話していました。
「私としてはストレートプレイにはその良さがあると思いますが、ミュージカルの場合はさらに国を超えることが出来るのではと思っています。例えば、言語の違いで細かいセリフのやりとりがわからないとしても、ミュージカルならその状況をなんとなく理解したり、圧倒的な歌によって納得したり共感したりということが出来ますよね。ミュージカルはすごいツールを持っているなと感じます。音楽とかダンスって本当に魔物です。それを使えるミュージカルはすごく魅力的で、昨今のミュージカルブームも多くの人がそれに気づき始めた結果だと思いますね。」
・次は日本を飛び出し、海外進出も
ミュージカルの本場ロンドンで2022年のオリヴィエ賞リバイバル作品賞に輝いた「キャバレー」を観劇した際に、自分たちも日本に留まっていないでどんどん世界に出ていかなければと痛感したと話す石川。
シェイクスピアのように英国人に馴染みのあるアガサ・クリスティーの『春にして君を離れ(Absent in the Spring)』、この殺人事件は起こらないが空恐ろしい話をもとに作った音楽座の近年のヒット作「SUNDAY(サンデイ)」がいつか海外で上演されるようになったら嬉しいと語ってくれた。
「「SUNDAY(サンデイ)」の脚本を翻訳してアガサ・クリスティー財団に送ったところすごく喜んで、褒めてくださったんです。お誘いをいただいたのでロンドンへ行ったのですが、あいにく先方が当日コロナに感染してしまい会うことが出来なかったんです。(笑)」
「SUNDAY」舞台写真
・ワームホールプロジェクトとは
音楽座ミュージカルが従来の演劇界の慣習に倣わず、発足時から独自の方法をとり続けていることはもう一つある。それは彼らが制作の基本姿勢として掲げる「ワームホールプロジェクト」だ。
時空の抜け道であるワームホールと名付けられたこの創作方法ではリーダー(以前は相川レイ子が、現在は二代目相川タローがこの役を担っている)のもと、脚本、演出、音楽、振付、美術、衣裳、照明、俳優など各専門分野のメンバーたちが意見を出し合いフィールドを超えて話し合う、一つの「チームとして作品を創造」していくというやり方をとっている。
その結果、作品のクレジットは“ワームホールプロジェクト”と示され、そこに相川レイ子(タロー)の個人名は無い。
「相川は『自分一人でやれば脚本も演出もそこそこのものは出来ると思うけれど、私は私を超えたものが欲しいのよ』と言っていました。いろいろな人間の感性とか繊細なニュアンスが絡まってさらに深いものが出来ると彼女は信じていたのだと思います。
「専門スタッフがそれぞれのフィールドを超えて自由に意見を交換出来るような、フラットに意見交換をする場をどう作っていくのか、お互いを信頼できる場をどう作っていくのかということを相川は第一に目指したのだと思っています。クオリティの高い作品を作りたい、人の人生を変えるような、自分が元気になってさらに見ている人たちに勇気を与えるような作品を届けたいという出発点があり、そのためにはフラットな組織が最重要だと考えたのです。だからこそ組織が作り上げた作品として発表することに固執したのだと思います。加入したての新人でも意見を言える環境、もし何も発言しないと「何のためにここにいるの?」と聞かれてしまうような、音楽座はそんな現場です。」
・役者たちのもう一つの顔は企業研修の講師
音楽座ではどの若手にも、チームの一員としての自覚と責任を持ってもらい意見を出してもらう一方で、所属俳優たちには会社の収入となる俳優以外の活動にも参加することに同意してもらっているのだと言う。
「私たちは商業演劇として生きる道を選んでいないので、こればかりは仕方がないとしか言えません。動員数、収入を増やすために人気俳優を呼んでくることはせず、とにかく作品を作って発表していくという道を選んでいるので。日本の税制で言えば、海外のようにエンジェルが寄付をしたらそれが税的に控除されるという仕組みもないので、舞台芸術はビジネスとしてはやはり育ちにくいと思います。
「もちろん、そのあたりは変わって欲しいとは思っているのですが現実的に難しい。そこで俳優たちで収益を上げるには何があるだろうと考えた結果、音楽座ミュージカルの考え方を活かそうということになりました。ワームホールプロジェクトの理念は全員が当事者になる、自分の作品として意見を出し、チームとして掛け合っていくということですから、それは企業研修が一番求めているものではないかという考えに行き着いたわけです。前から研修をやってほしい、と興味を持っていただいていた企業が何社かあったのも背中を押してくれました。」
音楽座ミュージカルではカンパニーメンバーたちに毎月報酬を支払うシステムを採っており、そのため、メンバーたちを抱えていくためには会社として収入を得ることが必要不可欠。そこでさまざまな企業研修を展開し、そこに俳優たちを送りこんでいる。
「お陰様でリピート率はかなり高いので、毎年やらせていただいています。他の企業研修を専門としている会社とはまったく違った独自のもので、『やり方よりもあり方』を問う研修です。これは俳優にも通じることですが、格好をつけないで自分をさらけ出すことが出来るかどうかということ。その勇気がなければ、人に対して本当のコミュニケーションは取れませんから。離職率が下がったなど結果も出ているようで、これほどリピート率が高いのだと思います。」
・変わらないこと、そして続けていくこと
創立者の相川レイ子がこの世を去ったあと、異業種で働いていた息子のタローが母の意志を受け継ぎ40人強の音楽座カンパニーを請け負った。
「本当にラッキーなことは彼にとてもセンスがあったことです。本当にホッとしています。当初は代表をやることを嫌がっていた彼も、あきらめて、今は天職だと思っていると思います」と石川は笑顔をみせる。
相川レイ子という一人の人間が『明日を生きていくため』とミュージカルに託した思いが脈々と繋がって、今ではミュージカルに留まらず一般企業の研修で芸術創作によって培った手法で人の繋がり、人のあり方を伝えている。
「人の人生を変えるぐらいのものでなかったら、こんなに手間ひまかけて作る意味はないと思っています」と石川は言い切る。
「やはり音楽座ミュージカルの原点は相川レイ子の個人的な思いの中にあって、彼女自身がその作品を観たら元気になって勇気を持って生きていけると思える、そんな作品を生み出したいというところに全てが行き着くのだと思います。作品って実はそんなものなんじゃないでしょうか。」
「泣かないで」公演詳細
6/9–11 町田市民ホール(東京)
6/13 オリックス劇場(大阪)
6/21 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
問い合わせ先:音楽座ミュージカル 0120-503-404 またはongakuza-musical.com