青木砂織率いる劇団「仮想定規」が7年ぶり(2018年以来)に世界最大規模の舞台芸術祭エデインバラ・フリンジに参加して最新作「The Anonymous Monsters」を上演した。


1947年の開催年以来初めてフェスティバル中止を余儀なくされた2020年のコロナ禍を経て、近年徐々に従来の演劇祭の活気と賑わいが帰ってきたスコットランドの夏の風物詩エディンバラ・フェスティバル。国内外からの招待アーティストによるエディンバラ・インターナショナル・フェスティバルとは別に“表現をしたい人誰にでも開かれた”フェスティバルとして毎年8月中3〜4週間にわたり開催されるのがエディンバラ・フリンジだ。
2024年は約3,500の団体が参加、チケット売り上げが260万枚に達し、全盛期の数字(2019年は300万枚)に限りなく近づいたものの、久々に訪れたフリンジはその運営方針、スタイルに大きな変化が見られたと青木は語る。
“私たちは2017年、2018年にフリンジに参加したあとで3度目のフリンジ公演だったのですが、久しぶりのフリンジはそのあり方が全然違っていました。今後フリンジに参加する人たちのためにもその情報を発信しなければと思っているところです。”
帰国したばかりの仮想定規主宰・青木砂織に2025年のエディンバラ・フリンジの現状について話を聞いた。
一番の変化は道で宣伝活動をするのが禁止になっていたことです。以前は目抜き通りのロイヤル・マイルで各々の団体が好き勝手にパフォーマンスしたり、宣伝チラシを配ったりしていて人が歩けないほどの混雑だったのですが、今はそれが出来ないので混雑はありません。街宣をするためには毎朝10時に出向いて、その日街宣をするための抽選に応募しなければならないのです。外れたらその日の街宣は出来ないことになります。
フリンジ本部のスタッフが街中で見回り、許可なしに宣伝活動をしていないかどうかを常に見張っていました。本当に多くの参加者がいるフリンジですが、隅から隅まできちんとチェックしていましたね。
私たちの場合、衣装とメイクをつけてただ街を歩いているだけで自然と人垣が出来て写真撮影会になっていたのですが、その場合でも2分くらいその輪が静止したままだとスタッフが現れて「動いてね」と声をかけられました。


路上で注目を集める仮想定規メンバー
抽選に当たらなければ立ち止まって宣伝活動をすることは出来ないので、基本的に誰も街中で宣伝行動はしていませんでした。ポスターを貼ってはその上にまた重ねてポスターを貼る、エディンバラ特有の宣伝方法であった大きな広告塔も街から消えていました。

街中の喧騒が整理されたエディンバラのロイヤル・マイル通り
そのポスターですが街中に貼るところが無いので、個別にお店を訪ねて貼ってもらうしかありませんでした。それぞれの劇場・興行主グループ*の敷地内には(当然、上演している作品を宣伝したいので)ポスターを貼っても、チラシを置いても良いので、それぞれが上演する劇場のテリトリー内に貼って宣伝していました。なので、それぞれがそれぞれの中で完結している感じで、興行主グループごとに閉じた村と化していた印象です。
*The Pleasance Theatre Trust、C Venues、Gilded Balloon、Assembly Festivalなど複数の劇場、付随する飲食店やバーなどを運営している団体。

置いてもらったチラシが並んでいるお店
聞いたところによると、観光客にとってはお祭りで楽しいけれどエデインバラの住民たちにとっては夜を徹してのお祭り騒ぎというのは評判が良くなかったということもあったようです。特にコロナの時期には人が密集するのが良くないということで、運営側に市民からの要望があったという話も聞きました。
街宣のシステムが変わったことでかえって街宣でのライバルが減って、我々には良い結果をもたらしてくれた、と思っています。我々の場合は見た目で惹きつけるものがあるので、止まってパフォーマンスをしなくてもただ歩いているだけ、それもゆっくりゆっくり時間をかけて歩くことでどんどん多くの人が寄ってくるという状況でした。そのような流れから毎日20人くらいは当日券を購入して観てくれました。
現地での口コミ情報なのですが、フリンジ参加にかかる費用、渡航費、宿泊費が高くなりすぎて参加できない、と多くの人たち、特に発展途上の国の人たちがぼやいているということでした。実際、費用は2〜3倍に膨れ上がっていたと思います。
私たちも隣の駅、バスで1時間弱のところの学生寮を夏季期間だけフリンジ参加者に貸し出しているところに宿泊しました。数人のメンバーだったら高くても中心地の近くに探せたのかもしれませんが、今回は13人のメンバーで参加したので経費を考えると少し遠くてもそうせざるを得ませんでした。クラウドファンディングを行ったことで経済的サポートをいただいたのですが、それにしても7年前とは比べものにならないほど物価は上がっていました。

バス移動中
— これまでのエディンバラフリンジ参加経験を活かして臨んだということですが、例えばこれまでは前半週の参加だったのをフリンジ期間後半にしたことなどはどのように影響しましたか。
前半でも後半でもそれぞれメリット、デメリットはあると思います。後半に上演したことに関しては現場で確かに手応えがあったにも関わらず、その劇評が出てくる前にフェスティバルがクローズしてしまったこと、そして期間中に行われるアワード(賞)、例えばアジアン・アワードの締切などに間に合わなくて対象とならなかったことが悔やまれますね。開始直後で観光客などがいない前半参加の時と比べると初日からお客さんが多く入ってくれたのですが、アワード、またその評価のもととなる劇評を期待するなら、もう少し早い公演期間でも良かったのかなと思います。

エディンバラフリンジの写真として仮想定規が掲載された新聞
— 今回、他に何か発見や新たな体験などはありましたか
現地でカフェを経営していらっしゃる日本人の方や他のバーやカフェから“ぜひ、宣伝のイベントをやって”とお声がけいただいたので、到着の翌日にはカフェで宣伝パフォーマンスをやりました。渡英前に日本からメールでお知らせを送っていたので、その効果もあって何箇所からかそのようなオファーをいただきました。なので、本番前にもうヘトヘトという感じでしたね(笑)。バーやカフェに集まってお酒を飲んでいる人たちの前で宣伝パフォーマンスを、そしてメンバーのミュージシャン栗木健がパーカッションを叩いたりして宣伝活動をしました。いろいろなところから宣伝パフォーマンスのお誘いをいただいたり、ボランティアを名乗り出てくれる人がいたり、と街の人々からのサポートがありました。



市内のカフェDownstairs at Betty’sで宣伝パフォーマンスを行う
— 助成金はもらわず、とおっしゃっていましたがエディンバラフリンジに対する助成金をもらうのは難しいのでしょうか。
日本でいろいろな助成金制度がありますが、基本的には海外からよばれた公演に対して助成をするということなのだと思います。よばれていないけれど自分から行く海外公演、例えばエディンバラ・フリンジがそうなのですが、というのは世界共通で自腹になるのだと思います。現地で他の国のアーティストと話した際にも助成金はもらっていないと言っていました。もちろん私たち仮想定規は将来的に招聘される立場になりたいと思っています。2017年のエディンバラ公演をきっかけに2020年にはニューハンプシャー大学に招かれ現地の大学生と我々の代表作「The Gate」を創作して上演、その後のニューヨーク公演も実現したわけですので、そうなるためにこれからも世界の見本市のようなフリンジに参加しようと思っています。一方で、まずは海外から招聘されることで初めて日本の文化支援、助成金をもらえる立場となるので、今は自腹も覚悟の上です。
ただ、我々のように10人以上の団体になると複数人のグループのようにフリンジに参加できる機会が何度もないので、一つ一つの機会を大切にしていきたいと思っています。とは言え、ショーではなく演劇をやりたいので人数を絞ろうとは考えていません。
次の段階として、演劇主体のビエンナーレやトリエンナーレ演劇祭への参加を目論んでいます。その一方で、エディンバラへはいつの日か戻りたいと思っています。と言うのも、今回のメンバー全員が「めっちゃ楽しい!」と言っていたので。エディンバラはやはり世界一のアートの祭典だと思います。
— 他の日本からの参加劇団については何か聞いていますか。
「劇団鹿殺し」がShoulderpadsという衣装は2枚の肩パッドのみ(そのパッドを褌がわりに身につけた裸の男性俳優陣によるパフォーマンス)といういでたちで宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をもとにした舞台をやっていてとても評判が良かったです。*
実際のステージを観ることは叶わなかったのですが、エディンバラの日本国総領事館でフリンジ参加アーティストを招待してのイベントがあり、そこでスタンダップコメディの方とか、フィジカルコメディ劇団ガンボの3人とかと一緒にShoulderpadsの短い宣伝パフォーマンスを観ました。
*日本国内津々浦々のライブハウスや演劇祭で上演していたShoulderpadsの演目を海外仕様に演出して初めての海外フリンジ参加となった。


エディンバラ日本国総領事館でのパフォーマンス
— 次に海外へ出る前の日本での活動に関してはどう考えていますか。
実は2026年に創立10周年を迎えるので、気合を入れて、10年という節目の作品を上演しようと思っています。一応、5月か6月に国内公演、秋にはカナダでビエンナーレのフリンジ参加という予定です。
コロナ以前のエディンバラ・フリンジ参加ではお客様気分だったと思うのですが、今回エディンバラの人たちの生活や日常までしっかり見ることが出来たと思っています。コロナ禍を経て冷静になった部分もあり、スコットランド現地の人々が演劇に何を求めているのかを思い、きちんとエディンバラと出会い直したような気がしています。だからこそ一層好きになり、また劇場の人、スタッフさんともきちんと向き合えたからこそ、またあの地に出向きたいのです。
フリンジも一過性のお祭りではなく、変わっていたように感じました。コロナでみなさん苦労したのだと思います。どうにか作品を届けようと真摯に向き合っているように思いました。


「The Anonymous Monsters」の舞台写真
コロナと言う未曾有の停止状態を経験した演劇・劇場関係者たち。年を追うごとに拡大、発展の一途を辿っていたエディンバラ・フリンジも例外ではなく、その停止期間を経て立ち止まり、必要と思われる変更に着手し生まれ変わったようだ。
とは言え、どんな変化があったとしても、スコットランドの首都エディンバラに多くの人が楽しみにしている夏の文化の祭典があることに変わりはない。エディンバラ市民との繋がりが見えた夏だったと語る青木砂織のように、世界の人々との交流の場である世界最大規模のお祭りエディンバラ・フリンジはこれからも”何かを表現したい人たち”を受け入れ続けていく。仮想定規の体験談がこれから向かおうとしている演劇人たちの手引きとなることを願っている。
FB: https://www.facebook.com/kasoujyougi
