2010年から3年ごとに愛知芸術文化センター(名古屋市)などを会場に開催。今回の国際芸術祭「あいち2025」は6回目の開催となる。現代美術を基軸とした芸術祭は約2ヶ月半に渡って開催され、中京エリアの市民をはじめ多くの人たちが日常的に芸術に触れる機会を提供している。
国内外の54組のアーティストによる現代美術展示のみならず、参加して学ぶラーニングプログラム、さらに会期中のほぼ全週末に行われる最先端のパフォーミングアーツ公演9作品など、多様なジャンルを楽しむことができる。
7月中旬に行われた「国際芸術祭あいち2025」パフォーミングアーツ部門のプログラムに関する説明会では岡田利規率いるチェルフィッチュを始め日本の現代演劇を世界へ発信し続けてきたプロデューサーで株式会社Precogの代表取締役である中村茜が今年の芸術祭の目指すところ、そしてそのテーマに即したラインナップについて、その趣旨を語った。

Photo:Takuya Matsumi
「今回、初めてパフォーミングアーツ部門のキュレーションを担当しました。アラブ首長国連邦のシャルジャ首長国出身のフール・アル・カシミ(Hoor Al Qasimi)さんを初めての外国人芸術監督として迎えての開催で、彼女と相談しながらプログラムを選びました。
最近のパフォーミングアーツの傾向として、ダンス、音楽、演劇といったものだけでなく、“パフォーマティブ・インスタレーション”と言われる展示とパフォーマンスが混ざり合ったものが多く出てきています。実際、パフォーミングアーツと現代美術といったジャンル分けもなくなってきていると感じています。
国際芸術祭あいち2025のテーマ/コンセプトとして掲げた「灰と薔薇のあいまに」(現代アラブ世界を代表する詩人、アドニスの詩の一節からとったもの)という力強い文章の中でフールさんは二項対立的な考え方からは離れ、アートを通じ、その「あいま」にある幅のある視点や考え方を提供し、人間と自然の関係を改めて問い直すということを芸術祭のテーマとしています。一方で、ポストコロニアルの時代を消費的に歩んでいる私たち日本人の現状を考えると、このような画期的なコンセプトは日本人から出てくることは難しいのではと思っています。
パフォーミングアーツ部門では以下の3つの問いを掘り下げてプログラミングをしました。
- 自然と人間の関係 —人間社会が自然を支配するのではなく、身体と環境との共生をいかに再構築できるか。現代においてそれぞれの土地に根ざした動植物との繋がりや生活文化や共同体のあり方をいかに掘り起こしていくのか。
- 戦争と記憶 — 歴史や記憶の中にある戦争と現在進行形の戦争の間にはどのような連続性があり、どこに断続、断絶があるのか。街や暮らしを荒廃させ、計り知れない傷を残す戦争について、私たちはどのように向き合うことが出来るのか。
- 社会と不均衡 — 資源や領土をめぐる世界的な権力構造やそこに根付く搾取や集団差別の問題。植民地支配や帝国主義の歴史を背景にポストコロニアルの現代を生きる私たちはどのようにその力の交代を見つめ直し、新たな環境を築くことができるのだろうか。
さらに、「誰もがアートとアクセス出来る環境」を目指してアクセシビリティーにも力を入れながら、多様な身体、そして多様な視点を取り入れ、再度自然や共同体の在り方、人間性の回復といった既存の価値観では見えてこなかった物語を感じられる場を作っていきたいと思っています。」
パフォーミングアーツ部門の9作品
「Paradise Rumour」 (日本初演・ダンス)
ブラック・グレース

サモアなどの太平洋の島々や、アオテアロア/ニュージーランドの先住民であるマオリ等にルーツを持つメンバーで構成されたニュージーランドのダンスシーンを牽引しているダンスカンパニー。「Paradise Rumour」は2023年にシャルジャ・ビエンナーレで制作された作品で、植民地主義や土地の支配の問題を扱っている。先住民に対する複雑な差別や偏見、社会構造の問題について、楽園のイメージの裏に潜む偽りを問うダンスとなっている。

「Enemy of the Sun」 (世界初演/新作・クラブイベント・音楽)
バゼル・アッバス & ルアン・アブ・ラーメ、バラリ、ハイカル、ジュルムッド

バゼル・アッバスとルアン・アブ・ラーメ2人組の作品は芸術祭の現代美術部門でも展示されるが、パフォーマンス部門ではパレスチナから招聘する3人のミュージシャンを加えて上演する。今回は名古屋市内のクラブを貸し切り、今年パレスチナで撮影した映像から構成された新作パフォーマティブ・インスタレーションを発表。アラビア語ヒップホップ、ラップ、エレクトロニカルポップ、トリップホップ、現代音楽などをミックスした音楽演奏となる。

May amnesia never kiss us on the mouth.
The Museum of Modern Art
Photo Credit: Julieta Cervantes
「ゆっくり話して、そうすれば歌になるよ」 (世界初演/新作・サウンドインスタレーション・音楽)
Kwon Byungjun(クォン・ビョンジュン)

愛知県陶磁美術館屋外の芝生広場で上演されるサウンドインスタレーション。韓国で90年代からシンガーソングライターとして多分野で活躍をしたクォン・ビョンジュン。その後オランダに渡り、電子楽器の開発に従事。帰国後、メディアアーティストとして注目を集める彼が今回、アンビソニックス(没入型3Dオーディオシステム)を使い、自然環境に合わせて音で構築された架空世界を、特殊なヘッドフォンを着用して散策するサウンドインスタレーション/スカルプチャーを発表する。今作は瀬戸のやきものに関する音がテーマとなっている。

「BRAIN(ブレイン)」 (世界初演/新作・ダンス)
態変

Visual image: Mitsuru Tokisato
1983年に金滿里が設立した今年で42年目を迎える身体障がい者によるダンスカンパニー。ダンサーたちの「歪んだ」とされる身体、「ぶざま」とされる床に這いつくばる動きに価値をおき、一貫して障がいのある身体のあり方の探求を続けている。
今回、デジタル性に関する造形や物語を構築するアーティストの時里充をシステムアーキテクトのコラボレーターとして迎え共同で創作、AIと身体障がい者の共存の可能性を探る。

金滿里
「クㇱテ」 (世界初演/新作・パフォーマンス・音楽)
マユンキキ+

北海道出身のアイヌにルーツを持つ音楽家・現代美術家として活動するマユンキキ。今回結成した新ユニット「マユンキキ+」は、アイヌ伝統歌を基軸に活動する姉レㇰポとのユニット「アペトゥンペ」、廣瀬拓音との実験的音響ユニット「西瓜兄妹」、アイヌ影絵のコラボレーター「hoshifune」の小谷野哲郎、わたなべなおか、音響設計に「WHITELIGHT」を迎えた特別編成だ。彼らメンバーとともに、奥三河(愛知県新城市)の三信鉄道の開通に大きな功績を残した測量士であった「アペトゥンペ」姉妹の祖父、そして旭川アイヌのリーダーである川村カ子トの軌跡をたぐり寄せながら創作した作品。

「Eternal Labor(エターナル・レイバー)」 (世界初演/新作・演劇・インスタレーション)
オル太

パフォーミングアーツだけでなく、現代美術での活躍も光る5人のアーティスト集団オル太。近代から現代へと繋がるイデオロギーに関した問いを深めた作品を発表し続け、国内外で高い評価を得ている。共同体や儀式、民間伝承、歴史的な出来事、土地/空間の固有性を再解釈しながら、現代における集団のあり方やアイデンティティを問う作風が特徴。今回は日本列島から朝鮮半島までおよぶリサーチを重ねて、労働と女性の問題を探求している。今回、公演に連動した舞台美術の展示も公演時間前に行われるので、その両方を楽しむことをお勧めする。

©Takeshi Hyakutou
「Bird(バード)」 (日本初演・ダンス)
セルマ & ソフィアン・ウィスィ

チュニジア出身の兄妹ユニット。2023年にシャルジャ・ビエンナーレで制作された作品で、フェスティバル・ドートンヌ、カナル・ポンピドゥセンター(ブリュッセル)などで上演され、これが日本初演となる。シャルジャで廃墟となった元映画館を棲み処とする鳩との出会いから着想を得たという本作。舞台上でダンサーと鳩が共演者として互いの存在を尊重しながら身体による予測不能な対話を紡ぐ。

「喜劇『人類館』」 (新演出・演劇)
AKNプロジェクト

1903年の「人類館事件」を起点に沖縄の歴史を鋭く風刺した「人類館」で、1978年に沖縄出身者で初めて岸田戯曲賞を受賞した劇作家、知念正真(1941–2013年)の作品を継承するため、娘の知念あかねが2020年に発足した「AKNプロジェクト」。「戦後」80年を迎える今年、『人類館』を喜劇として同時代に応答した新たなアプローチで演出する。知念あかねと沖縄で活動する若手演出家新垣七奈が共同で演出にあたる。

「喜劇『人類館』」キャスト
「My body, my archive(マイ ボディ・マイ アーカイブ)」 (日本初演・ダンス)
フォスタン・リニエクラ

コンゴ民主共和国出身の振付家・演出家・ダンサー、フォスタン・リニエクラは「身体」を生きたアーカイブと捉え、歴史の暴力性とそれが個人や共同体の記憶に与える影響を問いかける作品を発表し続けている。英国・ロンドンやスイス・ローザンヌで上演されてきた今作では征服者によって散逸していったコンゴの歴史の記録を、断片化された歴史と記憶を繋ぎ直すことで再構築を試みている。サン・ラ・アーケストラのメンバーでもあるヘル・シャバカ=ラのトランペットにも注目。

ここに挙げたように、ほとんどのプログラムが新作、または日本初演という私たちが初めて出会う作品群のラインナップとなっている。
“今”の社会問題と連携したこれらのプログラムを観て、まわりの人たちと、またはSNSで意見を交わす、そんな演劇体験があなたの日常に刺激を与えることになるだろう。
また、アクセシビリティの視点から「リラックスパフォーマンス」が実施されるのも嬉しい取り組みだ。
*リラックスパフォーマンスとは、客席で静かに座って観劇するというマナーにハードルを感じられる方にも気兼ねなく観劇いただくためにルールやマナーをゆるめに設定する上演のやり方で、声を出したり体を動かしたりしながら観劇することや途中での入退場を咎める雰囲気を持たない上演を実施する。
国際芸術祭あいち2025 「灰と薔薇のあいまに」
会期:2025年9月13日(土)〜11月30日(日)
会場:愛知芸術文化センター、愛知県陶磁美術館、瀬戸市のまちなか
Tel: 052-971-3111
