近藤良平が語る ー埼玉からダンスをの輪を広げるために

Ryohei Kondo portrait 3

(c) Nobuko Tanaka

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初代芸術監督諸井誠(作曲家 / 在任期間199-2006)の後を引き継いだ2代目の蜷川幸雄(演出家 / 在任期間:2006年〜2016年)が2016年に逝去。その後、空席となっていた椅子にコンテンポラリーダンスカンパニー「コンドルズ」の主宰者でNHK番組での体操プログラムの振り付けなどでも知られるダンサー・振付家の近藤良平(53歳)の就任が発表された(2022年4月〜3年間の予定)。蜷川時代にシェイクスピア劇の上演や高齢者劇団ゴールドシアターで脚光をあびた彩の国さいたま芸術劇場を近藤はどのようにしてダンスで盛り上げていくのか、演劇界の注目が集まっている。

4月の就任会見で新体制のテーマを「クロッシング」と宣言した近藤。具体的にはアートジャンルを分ける壁を取り払い、人と人の新しい出会いと交流を促進、ネットワーク構築による地域間の交流を生み出すことで新たなアート、そして劇場の可能性を探っていくと話した。そんな近藤にJstagesは単独インタビューを敢行、始動したシーズンについて、そして8/21&22に開催される劇場の様々なスペースを活用しての催し「ダンスのある星に生まれて2022」について話を聞いた。

 

Q: 2022年4月に彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督に就任してから数ヶ月経ちました。どのような手応えを感じていますか?

 

近藤:正直、手探りで始めているところですね。コンドルズで劇場では何度も公演はさせてもらっていますけれど、この劇場のことを本当によく知っていたわけではないので。とは言え、就任会見には「言えることは言ってみよう」という気持ちで臨みました。

そこでのラインナップ発表に関しても、通例ではそうなのかもしれないのですが僕にとっては「え?そういうものなんですか」と感じたくらいですから。最終的に、そんなに型式ばった感じでやらなくてもいいやと考え、あのような会見となりました。

そこからは4〜6月と毎月違うフィールドの人たちと創った作品を発表してきて、この場所から発信できることをはずれなくやってきているつもりです。

最近になって特に言いたいことは、まあ会見でも言いましたが、地域のことを更新していきたいということ。まあこんな風にサクッと言っていますが、難しいのは承知です。でも、地域との関わりを求め、そう思いながらやっていくと、この地域の区長と知り合いになったり話す機会を持てたりもするわけですよ。そこで、この地域のことをまだ何も知らないということもわかってきました。そんな中、新たにいよいよ事が動き出すんだなという実感が少しずつ感じられるようになってきたところです。

 

10月以降、劇場が改修期間に入ってしまうので、それ以降はこの場所で事業を展開するだけでなく外へ出向いて行って他のところと繋がっていくことが必然になってくるわけですが、この劇場にはスタッフが大勢いて、それぞれが役割を持って僕を手伝ってくれています。その意味でさいたま芸術劇場の組織としての大きさを感じています。

まだまだ限界を感じるところはあります。例えば繋がりたいのにサッカー(浦和レッズ・大宮アルディージャ)とはまだ繋がっていないとか。まあ将来そことも繋がることがあれば、とは思っています。

 

Q: 公共劇場、パブリックについてはどう考えていますか?

 

近藤:自分の幼少期でパブリックという言葉は使いませんでしたが公共の恩恵を受けたという点で言うと、市営や区営の図書館がパブリックというイメージですかね。一方で、劇場がパブリックという観点で10代の頃の自分の身近なところに存在していたら、また全然違っていただろうなと思います。地区会館とか集会所とか、児童館とかが地域に点在している一方で、このさいたま芸術劇場のような総合シアターがそれらと近いポジションで、地域の人々が親しみのもてる場所となり、公共劇場というものが浸透していけば良いなと思います。

衞紀生さんが劇場総監督をやられている岐阜県可児市にある文化施設、可児市文化創造センターalaで仕事をした際に、高校生とかがその施設を図書館がわりに利用していました。彼ら学生とそこで創作しているアーティストたちが同じ空間にいるというのがalaでは普通の状態だというのを見て、これは良いなと思いました。Alaは市民プログラムも充実していて、クリスマスの時期は市民たちと劇場スタッフが一緒になってイルミネーションを飾り付けたりしていて、劇場の中にいると、劇場が様々なところで市民と繋がっていることがすぐに見えるんです。そうなるとその地域の中高生も劇場の側を歩くたびに劇場を身近に感じますよね。そういうのが良いなと思いますね。

さいたま芸術劇場は平屋建てなので、実は入り易い劇場だと思っているんですけどね。

これから多方面に動かなければ、とは思っていますが、まあ実際大変ですよね。でもとりあえずは周りの人々が気になるような、面白いことをやりたいなとは思っています。

 

Q: 就任後第一弾のプログラム、様々なジャンル —ダンサー、俳優、サーカスアーティスト、ミュージシャン、切り絵アーティストなど— の人が参加した(クロッシングした)プログラム「新世界」では作品中の表現に対し、一部で不快だと言う声があがった結果、最終日にはそれを考慮して内容を変えたと聞きました。

 

近藤:SNS上でそのような意見があがったので、色々と考えた末に内容を変更しました。それを決めた理由は第一に自分がその提案に対して即座に反応したかった、というのがあります。そのままうやむやにすることも、また自分のプライドを優先することも出来たと思いますが、すぐに呼応することを優先しました。もちろんみんなで作った作品なので、みんなに意見を聞いた上で、その結果、良い方向へ変えようということになりました。

 

Q: ここは埼玉にある埼玉県の公共劇場ですが、埼玉という土地ならではという可能性、または難しいと感じる点はありますか?

 

近藤: そうですね、それで言うと、埼玉のことをもっと勉強をしなければと思っているところです。何と言っても縦にも横にも広いので、ここ埼玉に住んでいる人たちがどんな土地感覚、地図感覚を持っているのか、それにまず興味があります。例えば、今回盆踊りをするために自作の川柳を募集したのですが、自分の土地を愛する人もいれば、自虐ネタを書いてくる人もいて様々です。当たり前ですが、みなさん多種多様な趣味や興味を持っていてそれぞれ違うんです。これが東京だと、逆に広すぎて、これをやってもそんなに目新しくないしとか、インパクトも与えられないしとか、否定する要因での行動が多い気がします。昔はもっと東京に夢を抱いていたのかもしれないけれど、東京は変わってしまっているなと感じます。そんな否定的な東京に対して埼玉はどうかと言うと、僕自身も行きたいところがそこここにあるし、郷土愛を感じる人も多くいるだろうな、と。この劇場は埼玉県の劇場なのでそんな埼玉県民たちともっと混じりあえることが出来ないだろうか、と模索中です。

地方同士の関わり方も面白いですよね。例えば、コンドルズは全国津々浦々ツアーを行なっていますが、意外にも千葉へは1回しか行っていないんですよね。1都6県は関東地域でくくられてしまうので、かえってもっと離れた地方、例えば鳥取とかへ行くことを選んでしまうんですよ。結局、東京には多くのものが集まっていて、神奈川は横浜や湘南のブランド色を打ち出して文化促進をしている、で埼玉は?と言うところで、埼玉は今の売れ線だと思いますよ、本当に。

 

Q: 昨年に続いて今回が2回目となる「ダンスのある星に生まれて」ですが、前回の反省や反響を受けて、今年はどんなものになるのでしょうか?

(c) Nobuko Tanaka

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近藤: 去年はコロナ禍の真っ最中だったので、それほどの人は来ないだろうと思っていましたし、さらに言えば接触やおしゃべりは出来ない、コミュニケーションを取ることは無理、といった色々な制限があったので、逆に飄々とやった感じです。そんな中ですが、多くの子供たちも来てくれましたし、良い手応えは得ました。とにかくやってみないとどうなるかわからないといった状況でしたが、ここの劇場スタッフはそのような突発的な状況に慣れている人たちが多いので助かりました。そんな人たちですが、それでも実のところちょっとドキドキしながら行ったのでは、と今は思っています。

昨年の経験が後押しして、ぜひ今年もやろうとなりました。さらに秋からは劇場が閉まってしまうので、その前に劇場で思い出に残ることをやっておこうというのもありましたね。

「ダンスのある星に生まれて2022」について:

今年は劇場内でのパフォーマンスだけでなく、屋外でのマルシェ(市場)やさいたま芸術劇場発の盆踊り大会「さいさい盆踊り」などが開催される。劇場から街へと繰り出して、与野本町の駅前付近でキッチンカーを出店、アジアの国々でよく見る三輪車トゥクトゥクが劇場界隈を走ったり、とさらに範囲を拡大しての展開が見どころだ。

(c) Nobuko Tanaka

今年に関しては、無理をせず、無理をしようということですかね。

やることはいたって普通の事なのですが、提供する側が気持ちをあげていけば、みんな楽しめるのではないかと思っています。お金をかけて、最新テクノロジーを駆使して、とかではなく、劇場がみんなの大きなお家となってその家でアナログなイベント、昔は各家で夏休みにやっていたようなものを、それぞれが主体となっていかに楽しめるか、といったことをこの「ダンスのある星に生まれて」ではやりたいなと思っています。

それぞれの演目も短いので、色々なところを回って自由に楽しんでもらいたいです。

僕も色々なところで踊ってきましたが、炎天下で踊るのにはやっぱり盆踊りが一番だと思っています。これまでも池袋の西口公園や雨の中でずぶ濡れで踊ったり、色々ありましたが、とにかく盆踊りって本当にすごく汗をかくんですよ。みんな汗でびしょびしょになりながら踊っていますから。そんな風になりながら踊っているって、特殊なちょっとしたトランス状態ですよね。真夏の盆踊りはぜひ経験して欲しいです。

 

Q: 芸術監督という集団のリーダーである立場についてはどう考えていますか?

 

近藤: 僕はこう見えて、実は全てに関して「円滑系」なんですよ。僕が率先して動いて円滑に進むようにすることはしないのですが、僕はそこにいてただニヤニヤしている。そして何に対しても割と拒まないですね。就任会見でも話したように、基本的に形式が好きではないので。例えば僕は「良平さん」と呼ばれることが多いのですが、それは若い人からも同様で自然に「良平さん」と呼んでもらえる関係が理想で、みんなが出来るだけ声をあげられる、色々と意見できるそんな集団である方が良いのでは、と思っています。

放任と言われるかもしれませんし、スタッフの方々は大変だと思いますが、それぞれが自主的に動いている劇場というのが良いと思います。

 

Q: 先日は芸術監督4人*が集まって座談会イベントをしていましたが、そこでの新たな発見などはありましたか?

*彩の国さいたま芸術劇場:近藤良平、新国立劇場:小川絵梨子、世田谷パブリックシアター:白井晃、神奈川芸術劇場:長塚圭史

 

近藤: そうですね、たまたまあの4人が集まって話すということになったのですが、あのトークが実現したのは大きなことだったと思っています。白井さんが率先して自分が抱えていることを他の人にもバラしていこう、分かち合っていこうという流れを作ってくれて、それはとても大きいことだと思いました。それまでの芸術監督が個々に独自に動いていた時代よりも今の方が確実に横の繋がりがありますし、ここから僕らが本気でネットワークを構築しようとしていくことは良いことだと思います。

そして僕たちだけでなく、演劇界全体、例えば制作スタッフやメディア、演劇関係者たちも同様に変わっていくことが必要なのではないかと感じています。

Ryohei Kondo portrait 2

(c) Nobuko Tanaka

Q: 舞踊関係者の芸術監督はまだまだ少ないのが現状ですが、ダンス界を牽引してきた近藤さんはダンスで出来ること、ダンスの可能性に関してはどう思っていますか?

 

近藤: サクッとまとめることは出来ないと思いますが、この10〜15年ぐらい、僕はずっと「ダンスってそんなに特別なものではなくて、身近なものなんだよ」ということをずっと言い続けてきました。プロフェッショナルな人たちだけがダンスをするのではなくて、いろんな人がダンスを試みてかまわないので「みんなで体操をやろう、みんなでダンスをやろう」と言ってきたわけです。

今はネット、S N Sも含めて、「こんな風に踊ってみました」と発表して、多くの人がダンスをしているのでダンスがとても身近になってきていると思います。前とは比べものにならないほどみんな自然にダンスに親しんでいると思います。

一方で、ダンスの役割というのも時を経て変化し続けていると感じています。昔は祈りや祝祭のための踊りだったものが、ファッションとしてとか、単なるウケ狙いであったり、精神修行のためとか、多種多様になってきています。ダンスコンペの審査員をやったりしていると、やはりその時々で傾向というのがあるのが見えてきます。でもその傾向に関しては誰かが主導する訳ではなく、自然と時代に呼応してきまっていくのではないでしょうか。

例えば、今度ここでやる盆踊りの振り付けをしているのですが、僕が導いているのか、自然と何かに導かれているのかはわからないのですが、前とは違って僕には「ただふざけてみました」みたいなものは作れないんですよ。無条件に浮かれられないんです、今は。

Q: 劇場のミッションとして「Art for Life -すべての人性に芸術を -」を掲げていましたが、前芸術監督・蜷川幸雄氏の高齢者劇団ゴールドシアターや若者の育成ネクストシアターなどを受けて、そのミッションに関してはどう考えていますか?

 

近藤: これまで企業理念を打ち出すなんて考えたこともなかったのですが、今回、理事長と話し合ってこの理念を決める作業に関わったのは僕にとってはとても新鮮な経験でした。

「Art for Life」ですが、蜷川さんが自分より高齢の方々と本気でゴールドシアターに取り組んだというのは本当にすごいことだと思っています。体力的にも記憶などの作業にしても大変なゴールド世代の方々を舞台という大変なことに巻き込んで、その上でそれを絶対的に舞台にのせるということは蜷川さん自身にかなり強固な信念がないと、周りが、そして役者たちもついていかなかったと思います。

そこで、僕も今この劇場にいるので、どうやったらあんな本気の形を老若男女問わず、あらゆる人たちと何かを創っていけるのか。今はダンスで多くの人と関わりたいと思っているけれど、今後どんな特徴を打ち出していけるのか、まだ検討の余地はたくさんあるなと思っています。今後どうやって劇場と地域がネットワークを構築していけるのか、もう少し勉強をしていきたいな感じているところです。

 

「ダンスのある星に生まれて2022」の詳細、劇場の詳細、今後のプログラムに関しては:

https://www.saf.or.jp/

または ☎︎:048-858-5500 まで

 

 

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