82歳でハムレットを演じるイアン・マッケラン (劇評)

(The Guaridan / Arifa Akbarの劇評より)★★★

Book of Hamlet

(c) max-muselmann/ unsplush

— 9/25までTheatre Royal Windsor で上演中の「Hamlet」の劇評

82歳のイアン・マッケランが夢みる王子を演じた今回の「ハムレット」、プレビュー期間中に2人の重要な役の役者が降板せざるを得なくなる(ポローニアス役のSteven Berkoffとレアティーズ役のEmmanuella Cole )という窮地に追い込まれた。スター俳優が主役である上にそれが年齢を無視した配役(82歳のハムレット)ということで大いに話題となっている舞台、満員の観客が見守る中開幕したその舞台は一長一短というできあがりだった。

演出家のSean Mathiasは様々なアイディアを持ち込むも、消化不良となっていたものも多い。舞台となるエルシノア城は現代のどこかであることは明らかではあるものの、そこにもう一つ詳しい社会政治的な意味合いが見てとれない。劇の進行ペースにムラがあり、時に早急に、時にノロノロと進行する。致命的な欠点として、劇中人物間の濃密な関係が希薄であったこと。例えばクローディアスのガートルードに対しての自信のなさ、と、それに反しての彼女への強い心理的欲求、さらにハムレットのオフィーリアに対する複雑な恋愛感情が伝わってこなかった。そして、兄弟姉妹間の愛情について、そして子供が抱く父親への忠誠心に関しての考察が十分になされていなかった。それぞれの役の解釈にしても十分な深みがなく単純で、特に女性の役についてはマチュアでリアルな女性像が表されていたかどうか疑問だ。

かなり大胆な演出、例えば最初の焼けつくような激しい独白のシーンではマッケランはその台詞を言いはじめた後ステージを離れ、そして戻ってきてからは固定されたエクササイズバイクを漕ぎながらその残りの部分を続けていた。その後、例の「To be or not to be」の台詞に至っては床屋で話されていた。最も思慮深いと思われるこのような台詞がそのような普通の場所で呟かれると、そのシーンがことさらに不自然に、劇の他の流れから切り離されたかのように感じられた。

年齢を無視した点に関してだが、Loren Elsteinによる衣装ではハムレットは基本的にいわゆる若者の服装、つまりフード付きパーカーにニット帽に運動靴といういでたちでその他の俳優陣は1940年代のスーツやドレスといった格好だ。「ハムレットはシェイクスピア自身であり、若者(若き日)に関しての劇だ」と言ったのはヴァージニア・ウルフだが、マッケランは彼女の間違いを示してみせた。彼のハムレットは気ままさとは関係なく憂鬱で、差し迫った死を受け入れる思いは備わっているようにみえる。そして俊敏な動きで元気な姿をみせたかと思えば一方で、声は震え、気持ちが不安定になり老人の涙をみせたりもする。

マッケランは決して無難にこの役をこなそうとはしていなかった。彼は驚きに値する通常とは違った演技を持ち込んでいる。有名な台詞の一節をぶっつけ本番で超自然的なしゃべりかたで、つまりはシェイクスピアの通例の台詞術とは違った方法で発しているため、時に役者陣は決められたペースを乱されることになった。マッケランは時に普通はそれほど重要視されないスピーチの箇所でペースダウンをして強調し、それにより劇の代名詞ともなっているあの独白につきまとう余分な注目を減らし、それによりかえってこの極めて黙想的なシーンの美しさと意味深さを引き出すという方法をとっているのかもしれない。彼の王子は狡猾で抜け目なく、彼は狂気を孕んだ予測不可能な人間を見事に演じ続けた。そんな中、舞台は終盤の中庭での決闘シーンでクライマックスを迎える。

ハムレットとオフィーリア(Alice Wyn Davies)の関係の見せ方はあまり上手く働いてはいなかった。2人の恋愛に関してのダイナミズムをみせてはいるもののそこに中身が伴わないのだ。ガートルードとクローディアスの間の激しい感情が欠けていたのと同時にハムレットとオフィーリアの関係の希薄さが欠けていたこともあり何か不完全感が残り、それゆえに最後の次々と死が訪れる場面では心を動かされることがなかった。今回の舞台ではハムレットと優しくて献身的なホレイショー(Ben Allen)との間の方に恋愛ストーリがあるのではないか—もしそれがあるとしたら—と感じられた。

Jenny Seagroveのガートルードは悲しくなるほどぶっきらぼうで棒読み状態。レアティーズのAshley D Gayle (降板したEmmanuella Coleのあとを引き継いだ)はそのような特異な状況にも関わらずよくやっていた。ポローニアス役のFrances Barber (Steven Berkoffのあと)は尊大な父親、そして道化者というこの役を見事に演じていた。

今回のプロダクションの救いは、つまるところ、この戯曲がその効果の大部分は主演俳優の力によるところだと言うことだろう。マッケランの地味な芸術性を追求したハミレットはいかなる時代の全ての人にもあてはまる、いかなる年齢でもありえる王子だった。ケネス・ブラナーが言うように、もしもハムレットが「男の名誉を称えるものであり、また同時に男の全くもって非力なことを語るもの」であるならばマッケランはまさにそれを演じたと言えるのかもしれない。

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