View of Auditorium from stage

英国の若手芸術監督たちにコロナ禍についての話を聞いた(前編)

Look down upon theatre auditorium
Make your way to your seat. Almost full seats of a theatre.
(c) Matthew Henry

英国の有力紙オブザーバーが2019年に新しく劇場の芸術監督に就任した若き芸術監督たちに現在の状況について聞いた記事から抜粋。

様々なバックグランドを有する彼らから楽観的、かつ演劇産業を奮い立たせるような面白いアイディアを聞くことが出来た。

「誰もが以前の状態に戻りたいと思っている、でしょう?」と話すのは2月にバーミンガム・レパートリー劇場の芸術監督に就任、その後1ヶ月で劇場を閉鎖することとなったSean Foley。「もちろん僕が引き受けたと思っていた仕事内容とは違ったものになったよね。まさか人員削減を執行する役目を負おうとは思っていなかったから」と彼は話す。

COVID-19は英国演劇界に大きな惨劇をもたらし、一部の劇場はこの秋に再開したとは言え、その状況は今も続いている。ウェストエンドのNational Theatre やNimax Theatreなどはソーシャルディスタンスの規制が続く限り赤字経営を続けていくこととなるのだ。手遅れとなってしまったケースもあり、サウザンプトンのNuffield劇場、レスターのHaymarket 劇場などは経営破綻、さらに英国全土の何千人もの劇場スタッフがコロナで職を失った。先ごろ政府から2,130億円(1.57bnポンド)の文化再生基金の追加が発表されたが、そのうちの6億8千万円(500mポンド)を劇場、音楽会場、美術館で分け合うこととされている。その上、現在政府から支給されている給料支援金(月給の80%(最高で2,500ポンドまで))も10月末で終了となる。ちなみに約半分の演劇関連の事業がこのスキームを利用しているので、この支援金が終了することによってさらなる失業者が出ると考えられているのだ。

「本当にひどい。今ある劇場全部が生き残れるとは思えない」とウェストエンドの人気劇場Donmar Warehouseの芸術監督Michael Longhurstは話す。「どの劇場も大きな穴のあいたバケツ状態になるよ。」つまりチケット収入が見込めない事には劇場はお金が出ていくだけ、と話す。

そんな中でもDonmarはその穴をふさぐ道をみつけた劇場の一つ。ソーシャルディスタンス対応の音響システム(観客はマスクとヘッドフォンをつけて距離を開けて観劇をする)を使用してポルトガルのノーベル文学賞作家Jose Saramago(ジョゼ・サラマーゴ)の「Blindness(白の闇)」—2019年に日本で上演された「Fortune」の作者Simon Stephensが脚本を担当—を上演、メジャー劇場の中でいち早く8月に再開を果たした。Longhurstはいう、「ロックダウンは我々の劇場愛を増幅させたと思う、みんな劇場に戻りたいと思っているんだ。みんなで一緒に劇場体験を、と切望しているんだよ。」Blindnessは完売となり成功をおさめたがLonghurstはDonmarの観客たちは基本的に若者が多いことを指摘する。それによる盛り上がりがある反面、経済面では少々難しい面もあると言う。なぜなら年配の客の方が高額のチケットを購入しがちで、劇場への寄付金も多いからだ。そんな上客である年齢層の人たちは若者よりも劇場に戻るのが遅くなるであろうから「その意味で将来は不安」と彼は話す。

多くの劇場にとってソーシャルディスタンスを守った形で席を減らして運営を再開するのは経営面で難しく、安全にかつ席を減らさずに再開出来る日を待ち続けている状況だ。デジタル・文化・メディア・スポーツ大臣Oliver Dowdenはクリスマス前までの劇場の再開を目指しているようだが、昨今の陽性者の増加、首相の今後6ヶ月間の行動制限策などを鑑みると今の段階で再開という掛けに出るのもはばかれる。

「考えられる全ての感情が自分の中で渦巻き続けているの」とこの6ヶ月の心境を語ってくれたのはロンドン西部の主要劇場Bush劇場の芸術監督Lynette Lintonだ。「その感情は毎日毎日変化していて、、今は希望を抱いていると言えるかも。」劇場のあるシェファーズブッシュのローカルコミュニティーのために何ができるのか、が常にLintonの最重要事項であるのだがそれがこの状況で出来なくなっているという現状があり、彼女、そして劇場チーム共々1日も早い劇場の再開を目指している。そこで、この夏は地元のティーンエイジャーたちのためサマースクールを開いたところだ。「劇場を再開してそこで一緒にアートを体験する、というのが私の望み。Zoomで出来る事ってどうしても限りがあるからね。」この状況下でフリーランスの作家たちにデジタルコンテンツの仕事を依頼できたのも良かったと話す彼女だが、彼女の芸術監督としての最初のシーズンがかなり難しいものになったのは確かであろう。新しいスタートを切る場合、通常はスタートダッシュを試みるものだが、この状況で休止を余儀なくされたからだ。しかしながらこの時間が無駄になることはない、なぜなら劇場業界が消滅してしまうことを望んでいる人はいないわけで、多くの人々が新しい形での再生を望んでいるからだ。

「この休止の間、劇場や演劇の組織について、役割、そして賃金制度について様々な観点から考え直す機会となったのは事実、、だから今後数年間は厳しい状況が続くとは思うけれど、その後にはきっと良い結果が現れてくると思う。なぜなら私たちは変化を受け入れていくと思うから。」

2020年の演劇界を震撼させたのはCovid-19だけではない。Black Lives Matter(BLM)も大きな影響を与えた。近年多様性が大い問われる中で、BLMは人々の関心を真に喚起する出来事となった。誰もその問題に無関心でいる事は出来ないとLintonは指摘する。それにより、芸術団体においてもその問題に向き合い、態度を示すことが重要と認識されるようになったからだ。

新作劇を上演するHighTide劇団の芸術監督Suba Das(彼自身はアジア系英国人)はこれまで白人の友人や同僚とそれほどまでに長いディスカッションを重ねたことはなかったと彼の経験を話す。「この世界的な運動には本当に励まされたよね。眼前で彼(ジョージ・フロイド)が殺されたところを多くの人が目撃することになったというのが本当にとてもショッキングな出来事だったのだと思う。それにしてもだけど、僕たちの話し合いはかつてないほどに奥深いところまで進展したよ。」

Katie Posnerと一緒に新作戯曲を上演するロンドンを拠点としたツアーカンパニーPaines Plough を率いいる、共同芸術監督Charlotte BennettもBLMの演劇界における動きはこの先も長く続くであろうと予測する。この問題について自分たちも何か出来るということを気付かされた結果、劇団では他のツアーカンパニーと一緒に”antiracism rider(反人種差別条項)”をツアー催行の条件として新たに設けることにしたと言う。

昨年のインタビュー記事の中でどれだけ多くの場合、多様性、包括性、表象といった問題が取り上げられてきたかを数えると驚く数字があがってくる。その現象は続いているのだが、現状ではそこに少し影が落ちてきているように感じる。現在、演劇界が一世代のアーティストを失う危機に面しているというのは多くの人々が感じていることだ。経済的に成り立たない職業として演劇という道を選択肢に入れない若者が増えれば、それはもしかしたら二世代に及ぶかもしれない。何と言っても経済面では非常に不安定であることは確かで、それゆえに演劇から遠ざかっていく人たちも出てきているのだろう。

一方で、もちろんそのような状況に争う人たちもいる。前述のDasは「もちろん全員を演劇にとどめることは無理だと思う。だけど重要なのはどうやってワーキングクラスの人々、身体に障害のある人たち、有色人種のルーツをもつ人々の多くを演劇に取り込めるかということなんだ。」

ショーを再開し始めた劇場が出始めた中、(ウェストエンドなどの)売り上げの大きい有名なショーはまだ再開を控えている。安心して再開を迎えられるまでにどのくらいかかるのか、何ヶ月かそれとも年なのかも不確かだ。

「もちろん劇場を待ち望む声が以前の状況へ揺り戻す力となり以前のように経済的に安定した状況にもなるのだろうけど、それにはこれまでとは違った新しい方向へと推し進める多様性を持ったリーダーシップが必要となってくるのだろうと考えている」とDasは言う。

何人かの演出家がこれからは演劇界に分断や分極化が始まるかもしれないと予測している。「以前のように元に戻る人たちと次へと進む人たちと二つのグループに分かれるのでは」と話すのはBennettだ。「その上で私がどちら側にいるのかはもう分かっているわ。だからこそ私は新作戯曲を上演する劇団にいるのだもの。つまり私は演劇の博物館傾向には興味がないの。」

Paines PloughもHighTideもロックダウンでそれほどの被害は被らなかった。なぜならどちらの劇団も建物を所有していたわけではないので、アーティストやコミュニティーのプロジェクトに助成金を当てることが出来たからだ。例えば、ロックダウンが出された数日後にはHighTideはLighthouse Programmeという企画を発表し戯曲の朗読、セミナー、劇作家のデジタル制作、教育ワークショップなどを行なっている。

Paines Plough はいつも「英国の最も離れた場所にまで届きたい」と願っていると言う。それはパンデミックが蔓延している今で言えば、インターネットアクセスがない人々たちの事でもある。そこでPaines Ploughではアクセスのない人たちに俳優が電話で短編戯曲を演じて聞かせるというプログラムを行った。彼らは3月以降、ネット配信や電話で聞かせる60本の短編戯曲を制作している。